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日蝕

 2012年5月21日の金環日食を見るつもりはなかった。僕は科学が好きだと公言して生きてきた割に、天体ショーにはあまり興味が無い。数カ月前にも心改めて月食を見てみたけれど、ふーん、としか思わなかった。ただ、ある星の前を別の星が横切っているだけのことにすぎないし、加えて月食は地味だ。欠けて、また満ちる。完全に予想通りで、イメージ通りの変化に過ぎなかった。流星群のように派手なものや、真っ暗な山の中から満点の星空を見るとき、僕は高揚感も幸福感も感じる。でも日食とか月食とか月が何%大きいとか、あの星とこの星が並ぶとか、そういう地味な天体ショーには興味は持てない。何十年とか何百年とか、何千年に一度とかそういうレア感にも一切心が動かない。
 どうして僕が日食を見ることになったのかというと、それはその時間に起きていて、比較的時間を持て余していて、かといって何かの作業をするには疲れすぎていたせいだ。

 前日、祖母の通夜があり、僕は従兄弟と二人、一晩を棺桶の隣で過ごした。人工的な灯りの下、外部から幾分隔離された葬儀場にあって、十数時間の後再び訪れた朝の光は、日食であろうがなかろうが、どちらにしてもいつもとは様子が違っていた。駐車場に落ちたややマットな朝日に引かれて表に出て、見上げた太陽は当然のように強く眩しかった。僕は控え室に戻り、昨日買ったミックスナッツの袋を破り取って、再び駐車場へ出た。袋の破片を翳して、プラスティックとアルミ薄膜に透ける太陽の形を見る。少しの時間ならこれでも十分だろう。
 太陽は深く欠けていた。

 やがて世界は光を取り戻す。
 欠損は徐々に埋められて、何もなかったかのように太陽は光に満ちる。
 しかし、本当に欠損とその回復の前後で世界は同じなのだろうか。
 日蝕の前後で、はたして世界は連続か。

 僕達はお風呂に入り髭を剃って、葬儀に訪れる人々を迎える準備をする。余談だけどバスタブはゆったりとしたジャグジーで、浴室にはテレビもあった。僕は普段まったくテレビを見ないのだけど、昨夜は折角なのでジャグジーでテレビを見た。画面の中では、男たちが東京タワーを組み立てていた。驚いたことに溶接工は鉄を溶かす係と、それで鉄骨を接着する係に分かれていて、溶かす係が熱い鉄を火バサミで投げ、それを接着係がバケツで受け取って使うというシステムだった。東京タワーの上で。わお。

 葬儀場の、誰もいない最上階のフロアで、こうして一人でくつろいでお風呂に入れるとは大人になったものだなとぼんやり思う。小さな頃は一人で家の2階へ行くのも怖かった。どうしてあんなに何もかもが怖かったのだろう。仮にそこに幽霊がいたとして、いないはずの人が見えたとして、どうして僕達はそれを怖いと思うのだろう。

 お風呂から出て、グレーのTシャツに袖を通す。
 式の最中は当然黒のスーツだけど、行き帰りの服装も地味にして来るようにと父親から忠告があった。僕は妹の結婚式のとき、着て行ったベルベットのスーツで両親からも親戚からも大目玉や小言を頂戴したことがあって、以来、何かの式があるときは先に随分な忠告を受けることとなっている。基本的には服装に関してだけでなく、性格や思考のもろもろにおいて、うちの子はどうしてこんなにヘンテコな風になったのだろう、という疑問を両親は抱いているようで、ようでというか面と向かって言われているので、それは明白で、何かの式のときは僕が常識はずれをしないかピリピリとするようだった。
 でも、今回の祖母の葬式に関しては、僕は多少華美であっても、普段通りの服装で行くべきだったのではないかと思っている。なぜなら、死んでしまった祖母は、家族親類の中で唯一僕の服装をいつも褒めてくれる人だったからだ。良ちゃんまたハイカラな服着て、おばあちゃんも若い頃はおしゃれだったんだよ。

 一階に戻り、着々と進められていく葬式の準備を横目に、電報を受け取ったりなどしていると、家に戻っていた親戚や家族が戻ってきて、会場は非日常的な葬儀の場から、やや日常性を取り戻した葬儀の場へと変化した。
 僕達は花を手向け、そして焼き、骨を拾った。
 その後初7日も済ませ、レストランで早めの夕飯を取る。まだ幼い姪達はここぞとばかりに大騒ぎをした。

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