若い後輩のためのリーデングリスト(by伊藤健一郎)

 僕も未だに、彼が一体何の研究をしているのか良くは知らないのですが、歴史や社会のことを研究している友人の伊藤健一郎くんが先日面白いテクストを見せてくれました。壁一面にアマチュアバンドのライブ告知が貼られている如何にも簡素なバーで、「留学する後輩のためにこういうのを書いたんだ」とビール片手に見せてくれたその文章は本のリストでした。
 リストの差し出され方も内容も面白くて、そのラッキーな後輩だけのものにするよりも、もう少し多くの人に読まれる方が良いのではないか、何より僕自身がリストを手元に置いておきたいと思い、データを貰って以下に貼り付けました。
 むろん、これは”歴史や社会なんかを学び始めた人宛”という限られた文脈で書かれたものですが、我々は全員歴史にも社会にも関係を持って生きているので、実はたくさんの人がこのリストを楽しめるのではないかと思います。
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『若い後輩のためのリーデングリスト』
 伊藤健一郎
 twitter : @ito_kenichiro
 mail : ito.kenichiro@gmail.com

 アメリカに行くまでに読んでおいた方がいい本のリストです。
 なるべく広いテーマを扱った本を中心に選びました。 

 とりあえず誰かが話していることを聞く。書かれてあることを読む。その知識が役に立つのか、とか好きか嫌いかは気にしない。この本を読めば、確実に自分は成長すると信じて、とりあえず「読む」という「戦略的な受動性」が学びには必要なのだと考えるようになりました。でも、そうするためには、今読んでいる本に対する「無条件・盲目的な」信頼が不可欠になります。それは何を根拠にした信頼なのか。どうして私はこの本を読めば、自分が成長できると信じられるのか。
 答えは簡単で、「なぜなら、私が信頼している人が私に薦めてくれたから」です。僕も多くの「この人はすごい」「こんな人になりたい」と思っていた先輩から貸してもらったり、気の合う友人と交換したりしながら、いろんな本と出会ってきました。そうした本との出会いは、それ以外の方法での出会いと比べても、親近感を強く感じるせいか、断然濃密な読書体験をもたらしてくれました。
 これから本格的に学問をしようという若い友人に宛てて、こうしたリストを作ってみたのは、そういう伝統を意識してのことです。
 受け止めていただければ、それにまさる喜びはない、みたいな。

現代社会に関する基礎的教養

小熊英二『民主と愛国:戦後日本のナショナリズムと公共性』(新曜社、2002年)

「枕か。」と言いたくなるような分厚い本ですが、内容はとても読みやすい歴史の本です。
 歴史というか、敗戦後の日本がどのように戦争体験を思想化してきたか、あるいは思想化に失敗したのか、という事が書かれた本です。まるでその時代に自分がいたかのように錯覚する不思議な感覚を与えてくれる傑作。図書館にもいくつか置いてあるよ。「歴史認識」や「ナショナリズム」や「左派・右派対立」などに関心があるのなら、是非読んでみてください。著者は意外と若くて(40歳くらい?)イケメンです。
〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性
小熊英二
新曜社



・ダワー『敗北をだきしめて』(岩波書店、2004年)

 アメリカと日本の関係史。アメリカによる占領統治を日本の権力者、そして社会はどのように経験したのかということが丁寧に描かれている名著です。訳がとても読みやすいです。小難しい歴史書というより、娯楽として楽しめる本です。アメリカに行くのであればなおさら必読でしょうね。
敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人
ジョン・ダワー
岩波書店



宮台真司『日本の難点』(幻冬舎新書122、2009年)

 主にバブル以降の10年にわたり活躍しまくっていた日本を代表する社会学者です。口は悪いし、挑発的な議論の展開の仕方をするので、嫌いな人も多いです。というか、伝統的な日本の左翼の人は宮台が嫌いです。言う事がコロコロ変わる、とか悪口もいわれています。にもかかわらず、彼の議論には愛が底流している事は、彼の本を読めばすぐにわかることです。
 この人の本を読み終えると、自分が頭よくなった気がしてテンションが上がるので、クセになります。世の中には、そうした多くの「宮台信者」がいますが、「気持ちの悪いひと」と思われがちなので、「隠れミヤディアン」くらいがちょうどいいようです。
日本の難点 (幻冬舎新書)
宮台真司
幻冬舎



國分功一郎『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社、2011年)

 僕が最近読んだ中でもっとも鮮烈な知的興奮をえた本です。ニーチェマルクスハイデガー、など尻込みしてしまうほど難解な政治哲学・思想の急峻も、優秀なガイドである國分さんの導きで登れば、あんがいフラッと見晴の良い地点まで歩けてしまう、という感じでしょうか。さわやかな本です。哲学的素養が自分には欠けると感じることがあるとしたら、この本は良いスタートになると思いますよ。
暇と退屈の倫理学
國分功一郎
朝日出版社



大澤真幸『文明の内なる衝突:テロ後の世界を考える』(NHK出版、2002年)
    『逆接の民主主義』(角川oneテーマA-81、2008年)

 大澤さんは国際関係学部でも、とくに多文化共生といった問題系に関心のある教員・学生の間でよく読まれている大人気の社会学者です。人気の秘訣は、その文章の分かりやすさ。簡潔さと複雑さがあわさったロジックの美しさだろうと思います。とくに新書でよめる『逆接の民主主義』は北朝鮮問題の解決にたいするもっとも大胆な提案を含んでいます。す・ご・く、おもしろい。
文明の内なる衝突---9.11、そして3.11へ (河出文庫)
大澤真幸
河出書房新社

逆接の民主主義 ――格闘する思想 (角川oneテーマ21)
大澤真幸
角川グループパブリッシング


内田樹『日本辺境論』(新潮新書、2009年)

 引っ張りだこのアカデミシャン(現代思想)です。ながらく神戸女学院で教えておられましたが、昨年で退官されました。TVには出ない方なので、知らない人は知りませんが、このオジサンはおそらくもっとも「まとも」なオジサンで、この人の話はタメになります。近年著作が多くて秀逸な日本人論である『日本辺境論』や、『街場の中国論』『街場のアメリカ論』『ためらいの倫理学』『下流思考:学ばない子どもたち、働かない若者たち』(2009年)などがあります。
 ブログも充実しているので、読むといいよ。この人の文章も「頭よくなった気になる」病を発生させる中毒性の強いものです。
日本辺境論 (新潮新書)
内田樹
新潮社



・E.トッド『帝国以後:アメリカ・システムの崩壊』(藤原書店、2003年)

 フランスの人口学者によるアメリカ社会・世界戦略に対する批判の書。トッドは「文明の衝突」ならぬ「文明の接近」の可能性を人口動態というソリッドなデータに基づく形で提示した、すごい人。70年代くらいの時でも、あるデータに依拠してソ連崩壊を示唆。すごい人なんですよ。50歳くらいでまだ若い。歯に衣着せぬ感じでボロカスにアメリカをけなすあたりが、もはや爽やか。この人の命題は目から鱗でしたが、それは読んでのお楽しみ。
帝国以後 〔アメリカ・システムの崩壊〕
E.トッド
藤原書店


★あと、アメリカの人文系大学は学生が政治哲学に関する基礎的な教養をもっていることを前提にしているフシがあります。「ブラトン的には〜」とか「アリストテレスなら〜」みたいな。
 なので、日本語で参照できる解説書みたいなものがあると、心強いです。
 それと、西洋史の概要的なものを押さえておくとよいので、高校レベルの教科書が一冊あるといいです。

アメリカ文学に親しんでおくのは、結構大切かなぁと思います。思いつくままにいくつか古典をあげてみます。
 マーク・トゥエインハックルベリーフィンの冒険』
 ステインベック『怒りの葡萄
 サリンジャーキャッチャー・イン・ザ・ライ
 ブコウスキー『町で一番の美女』(短編集)
 ヘミングウェイ『何を見ても何かを思い出す』(短編集)

 どう考えても、上のリストは男くさい世界を描いたものがおおいね。好みの問題だけど、偏っていると思います。これはもうどうしようもない。

●なんといっても映画だね
 映画も完全に趣味の世界なので、押し付けるのはダメなのですが、「なんだかんだでアメリカってやりよるな」と思わせるような映画を中心に選んでみました。参考にしてみてください。どれもエンターテイメント映画ですが、学問的にも重要なテーマが伏流する名作を、知っている範囲で、新しい作品を中心に思いつくままに羅列してみました。
 『ダークナイト』(2008、監督クリストファー・ノーラン)…信頼/不信の政治学/権力の両義性
 『グラン・トリノ』(2008、監督クリント・イーストウッド)…復讐の政治学 / 「多文化共生」
 『ゾディアック』(2007、監督デビッド・フィンチャー)…複雑社会における「不気味な他者」
 『ファイトクラブ』(1999、監督デビッド・フィンチャー)…消費社会論 / 存在の不確かさ
 『パリス・テキサス』(1984、監督ヴィム・ベンダース)
 『ダウン・バイ・ロー』(1986、監督ジム・ジャームッシュ

 もっとたくさんすぐれた映画はあるので、いろいろ見たらいいと思います。アカデミー賞を受賞した作品などには、さすがに優れた映画が多いね。
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