読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

u+n;part3

 国立民族学博物館の中で、世界中から収集された資料を見ていると、ときどき息苦しい気分になる。自分の今いる場所が、博物館の巨大さにも関わらず実に狭苦しく見えるからだ。ここは知的な意味合いでは世界に開かれている。でも、物理的には世界から数層の入れ子構造として隔離されている。

 国立民族学博物館は大阪吹田の万博記念公園内にあるわけだけど、万博記念公園の傍には千里ニュータウンがあるように、基本的に周囲はニュータウンの雰囲気がとても強い。つまり、近代的ニュータウンの中の、自然を無理やり持ち込んだ公園の中の、近代建築である博物館の中の、自然に近い生活資料を見るということになる。近代の中に持ち込んだ自然の中に作った近代建築の中の自然としての人の営み、近代以前の人の営みの名残。それは、街の中に作られた動物園の中で夜行性動物館の中に閉じ込められたコウモリ達を見るときの息苦しさに似ている。動物園なんて爆破して全ての動物たちを逃したい。

 彼らの周囲に幾重にも張り巡らされた壁と、僕達の周囲に何重にも張り巡らされた壁。
 言葉の壁、意味の壁、法律の壁、思想の壁、肉体の壁、空間の壁、時間の壁、暴力の壁、権力の壁、思考の壁、五感の壁。

 都市の主要な構成要素:壁。

 壁、フェンス、柵、鍵、鎖、人種、国籍、国家、民族、性別、身分、貧富、職業、家柄、世間体、常識、服装、制服、ビジネススーツ、いいですか皆さん、スーパークールビズですよー、もうネクタイもしなくても許してもらって頂けるように各方面に国の方から指導させて頂いておりますので。ええ、ええ、ジャケットなんて真夏の大都市でとんでもないですよねえ、ええ、ええ、もう今年はクールビズを超えてスーパークールビズですから、はい革命的に、もう、ええ、許しますから、ね、私どもではなんとポロシャツで出勤して良いことに決まりまして、ええ、なんともまあカジュアルで親しみやすくて節電もできますし、どうですかこれ、ポロシャツで働いていいなんてなんとも実に革新的ではありませんか、ええ、それでもいいことに決めていただいたんですー、すごいですよねー、職員も服に個性が出てイキイキというか、あっ、ちゃんとスーパークールビズ用のカジュアルすぎない華美ではないポロシャツを着用するように心掛けておりますのでご心配ご迷惑の程お掛けすることはありませんかと存じ上げております、はい、あー、しかし、けして裸にはならないでください。裸で街に出たら逮捕させて頂きますことに法律の方でも決められておりますので誠に申し訳ありませんがシャツ、ズボンなど露出の多すぎない衣類をお召になっていただくことになっておりますのでそちらの方はご注意ご配慮の程よろしくお願い申し上げます。
 裸で生まれてきても、裸では絶対に外に出てはいけない社会。

 それは禁じられている。
 では「誰が」禁じているのか。

 スケートボードは自由の象徴に見えるときもあるけれど、実は街の中でしか役に立たない。都市を一歩出れば、あんなちっぽけな車輪では1センチたりも前へ進むことができない。
 荒野を進むは、2本の足。

 都市の内側に自然を持ち込む手法は、それが閉鎖系であるゆえに限界が明白だ。代わりに時代は自然界の中に細かく分散した都市機能を埋め込もうとしている。近年急激に市場を広げたフェスはその一つだし、たぶんそれに連動する形で爆発的に高まったアウトドアウェアのファッション性もその一つだろう。ハイテク高性能でカラフルな服に身を包んだ人々が、都市と自然を自在に行き来する。山の中に、島に、海岸に、最低限のインフラだけが整えられ、軽量な現代登山装備を持ちカラフルウェアを来た人々が自由に行き来する。自然界はもう自然に向き合う為だけの場所ではなくなり、ビルも道路もないけれど、たくさんの人々がくつろぎ話を交わす、都市機能を半ば代替するような空間に変わる。メイクばっちりの女の子が、公園の噴水ではなく、傍の山の川辺に、さらりと休憩に行く。そういった都市。最新のファッションが、野外活動可能であること前提の時代。
 これは全部ただの空想だけど、現代の都市はさすがに自然界から離れすぎていて、そろそろ揺り戻しが起こっても全然おかしくはないと思うのです。

団地の見究
東京書籍


OUTDOOR STYLE GO OUT (アウトドアスタイルゴーアウト) 2012年 02月号 [雑誌]
三栄書房