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u+n;part1


 森の中にたくさんのテントが並んでいる。テントには明かりが灯っていて、誰かの話し声が聞こえてくる。向こうの方で、彼らは火を囲んでいる。どこからかチャンダンのお香を焚く香りが漂ってくる。川に足を浸したカップルがビールを飲んでいて、その後ろを歯ブラシくわえた子供が通りすぎる。犬はまだそこで眠っている。老人が屋根の下でラジオを聞いている。屋台で買ってきたカレーの匂いがする。月が高く昇っている。お風呂帰りの女の子が石鹸の匂いを残して歩く。ええ、今すいてましたよ、いいお湯でした。
 そして遠くから、フロアから微かに聞こえてくる音楽と人々のざわめきが、僕達を通り越えて、ずっと空高く、地を這い遠くの森の中まで広がって行く。
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 阪急南茨木駅から大阪モノレールに乗り換えるとき、僕はいつもどこかのテーマパークに入場するかのような感覚を覚える。ここから向こう側は、もう日常ではなく、ある特別な空間だ。それはただの1970年の残り香なのかもしれない。実現しなかった幻想としての未来の、その幻影なのかもしれない。もちろん、周囲に住む人々にとっては、それは紛れも無い日常であり、全くの現実なわけだけど、外部からの目線で見れば、やっぱりそれらはなんだか尋常ならざる空っぽな空間だった。空っぽな空間というか、空っぽさに満たされた空間だった。

 モノレールに揺られて何駅か、万博記念公園前で下りる。僕の他に降りたのは2,3人だった。だだっ広い駅のコンコースを出て、旧エキスポランドの入り口へ抜ける。奥にプールがあるらしく、2組程の家族連れを見かけたけれど、他には人がいない。ただ日の光だけがうるさい夏の午後。
 ここを通るたび、僕は中学1年生の時に10人くらいの友達と連れ立ってエキスポランドへ遊びに来たことを思い出す。友達というのは小学校の時に仲の良かった男女のグループで、ほとんど全員が同じ中学校へ進んだのだけど、小学校で同じクラスだった頃を懐かしんで京都からエキスポランド行きを計画した。いかにも子供らしく「ここのジェットコースターは日本で一番怖いらしい」「いや世界一らしいよ」とかなんとかいい加減なことを言いながらギャーギャー騒いでいたわけだけど、もうその頃の賑わいは微塵も残っていない。かつてお金を払って入ったゲートは無人で開放されていて、かといってそこをくぐっても中には何もなかった。ある人命を奪った事故を含む、20年という歳月の重みだけがただ静かに横たわっていた。

 ゲート前を通り過ぎ、中国自動車道を横断する歩道橋をスケートボードで渡る。渡ればすぐに太陽の塔の真ん前で、万博記念公園の入り口だ。券売機の横には「スケートボード、自転車の持ち込み禁止」と書かれていたけれど、気にせずそのまま持って入る。
 高い太陽に逆らって、細めた目で太陽の塔を見上げながら横を過ぎ、国立民族学博物館へ向かう道へ出ると、もう誰も道を歩いていなかった。カップルが1組木陰のベンチに座って何かを食べていて、広場で5人の子供たちがサッカーをしているだけだった。これをずっと下った所、民俗学博物館への連結点に警備員がいるのは知っているし、実際に遠くに彼は見えていたけれど、誰も歩いていない広い道路、しかも軽く下り傾斜のついた道路の上をスケートボードを手に持ったまま歩くなんてナンセンスなことはできない。僕がスケートに乗り始めると、彼の視線がこっちへロックされたので、なるべく目を合わせないように明後日の方を眺めながら坂を下った。
 近くまで行くと、彼はこっちへツカツカとやって来て「ダメなんですよそれ」と言った。予想していたよりもずっとカンカンに怒っていて、「それは持ち込みもできないんですよ。一体どこから入ってきたんですか」と詰問口調で喋りはじめたので、面倒にならないうちに入場券を見せて「ダメとは知りませんでした、すみません、もう乗りません」と宣言してやり過ごした。

 結局のところ、スケートボード民俗学博物館の受付で女の人に取り上げられてしまった。取り上げられたとはいっても、至って感じよく笑いながら、「あっ、それ、ごめん、カバンの後ろにくっつけてるから見逃すとこだったけれど、スケボーは持って入れないの、ごめんね、そんなカバンあるんだね」というような形だったので、全く嫌な気にはならなかった。クロークで引換に渡された札の番号は「1」で、夏休みだというのに実にガラガラな館内、荷物を預ってもらっているのは僕一人なのかもしれないなと思う。

 8月は始まったばかりだ。新潟県の苗場スキー場では今年もフジ・ロックフェスティバルが開催されていた。ツイッターを通じて、苗場から聞こえてくる友達の楽しそうな声を聞き、所謂「フェス」というものについて少し考えた。
 実は、僕はライブというものにそれほど興味がない。クラブに行くと、ゲストでバンドとかが来ていてDJの合間に演奏する(こういう日はどちらかというとバンドの方がメインなんだろうけど)ことがあるけれど、大体いつも「早く演奏終わらないかな」と思っている。なんだかんだ言って基本的にバンドの演奏は聴く為の音楽で、DJは踊るための音楽だと思うし、僕はどちらかというとDJの方が好きだ。フロアを見ながら上手に構成した数十分のDJは僕達をある狂気と快楽のフラッシュポイントまで連れていってくれる。5分ごとくらいでブツブツ切れるバンドの演奏ではそういうことは、少なくとも僕には起こらない。ステージの上の方が絶対にフロアより楽しいだろうな、などとぼんやり考えて眺めていることになる。

 だから、ライブ盛りだくさんの「フェス」にはあまり興味がない。「レイブ」には何度か行ったことがあるけれど、「フェス」には行ったことがない(と思っている)。
 かといって、じゃあフジロックなんかには全然興味がないのか、というと、そうでもなくて、ライブ云々ではなく、その”環境”にとても興味がある。

 束の間だけ現れた街。
 自然の中に、嘘みたいに現れた街と、たくさんの人々。
 それらは、一つの仮設テーマパークに過ぎないと切り捨てるには濃密過ぎるリアリティを持っている。
(続く)

RAVE TRAVELLER―踊る旅人
太田出版


スケートボーディング、空間、都市―身体と建築
新曜社