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カンブリア宮殿を見て思ったこと

 カンブリア宮殿という村上龍のテレビ番組がある。村上龍小池栄子がホストになって、成功している企業の経営者や政治家なんかを招き話を聞くというスタイルの番組で、僕は存在だけ知っていたけれど一度も見たことがなかった。
 これまでその番組を一度も見なかった理由は、僕がテレビを持っていないことと、村上龍の作品は好きでも作家自身にそれほどは興味がなかったからだ。

 ところが、先日ちょっと怒りながら批判的感想を書いた龍さんのエッセイ「逃げる中高年、欲望のない若者たち」を読んでから、俄然作品だけではなく村上龍その人に対して興味が強くなった。

 僕はもともと長編小説が好きで、短編小説はその作家の長編を読み尽くしてしまってどうしようもない時にしか読まない。
 エッセイというジャンルは好きだけど、実は村上龍のエッセイは時事問題を扱うものが多い割には出版されるのが遅いので、本屋に並ぶときにはどうしても「古い」感じがしてあまり読む気にならない。

 だから、長い間村上龍の本を読まなかった。
 それが、しばらく前にiPodとかiPhoneのアプリとして新作の長編小説「歌うクジラ」が出て、僕は数年振りに村上龍の作品を読んだ。
「歌うクジラ」をきっかけにして僕は「半島を出よ」を再読したり、どうでも良さそうだと思っていたエッセイ「案外、買い物好き」を読んだりした。
「この案外買い物好き」という気の抜けたエッセイは他の村上作品しか知らない人間にとってちょっと衝撃的なくらいに気が抜けていた。あのカミソリみたいな、たとえば最近の若者を「草食系という言葉では足りない。こいつらはまるで死人だ。死んでいるように思えたのだった」とか書くような村上龍が、このエッセイの中ではなんとも格好悪くて、イタリアでシャツを買ったら予想外に高くてぼったくられているのではないかと思いながらもそれを言えなくて震える手でクレジットカードを渡したりしているw

 その流れで「逃げる中高年、欲望のない若者たち」という、値段に対して驚くほど少ない情報量と表紙が険しい顔の龍さんのアップになっている、村上龍ファン以外に誰が買うんだというような本を買って読み、龍さん本人に対する興味が強くなったわけです。

 それでネット上にある村上龍の動画をいくつか見ていると、カンブリア宮殿の200回記念か何かの会見があって、その中で村上龍は「この番組では色々な経営者の方にお会いしたが、非常に謙虚な気持ちになった」ということを言っていた。

 番組のサイトを見てみると、過去の放送のいくつかが見れるようになっていて、その中に岡田武史前日本代表監督の回があり、僕は「わー」と思いそれを見てみた(村上龍とサッカーの両方が好きな人は必見)。
 収録はこの間のワールドカップが終わった後に、つまりかなり最近行われたもので、僕はそこで岡田監督と龍さんがどんな話をしたのかにとても興味があった。
 どうしてかというと、僕はいくつかの岡田監督のインタビューや講演の書き起こしから、この人は半端なくすごい人だと、すっかり監督のことを好きになっていて、同時にこの監督に対してボロカスに書いていた村上龍のことも好きだったからです。

 たとえば村上龍はワールドカップ直前にこのようなことを書いています。
「岡田監督が、目標はベスト4だと宣言したとき、違和感を覚えた。たとえば森光子のヌードとか、あまり見たくない、恥ずかしい異様なものを見てしまったような感覚だ。そしてそれは、最低でも県外、と宣言した鳩山前総理に感じたのと同じ違和感だった。岡田監督は、ベスト4という目標を達成出来ないとき、どのような形で責任を取るつもりなのだろうか。サッカー界から引退するのだろうか。ただし岡田監督がサッカー界から引退しても、何のインパクトもない。
 ベスト4という目標は、偏差値50の予備校生が、俺の目標は東大医学部だ、というのに似ている。あまりにも現実を無視した目標であり、実現できなくて当たり前なので、達成できなくても責任の取りようがないし、失笑を買うだけで、誰も避難したりしない」

 実際の二人の会話は、村上龍という一人の熱烈なサッカーファンと岡田武史というサッカーのプロがする会話で非常に面白かった。
 目標のベスト4ということに関しても岡田監督から明快な説明があって村上龍も納得していたし、あと「パラグアイ戦が眠い試合でした」という村上龍の質問にも岡田監督は現場にいて実際に指揮をしていた人間として答えていて、それは完全に納得のいく答えだった。

 やっぱり外から見ているだけでは何にも分からない。たぶん龍さんも本当は分かっていたと思う。僕如きと比べては失礼だけど、僕も時々強い言葉を使うことがあって、強い言葉を使うことには一種の快楽が伴う。なんかかっこいいような気がして、だから強いフレーズが浮かんでしまったら真実ではないと思いながらもその言葉を書きたくて仕方なくなる。そういうのはやっぱりダメですね。

「謙虚な気持ちになる」という村上龍の言葉は本当の本当に心の奥から出てきた言葉だと思う。実際に会って話すというのはとても大事なことだ、と改めて思った。

文体とパスの精度 (集英社文庫)
集英社


逃げる中高年、欲望のない若者たち
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