東京日記2

 森美術館の一番素晴らしいと思う点は夜10時まで開いていること。夜から美術館にいけるというのは素敵なことだ。夜にしか見えないものが世界にはたくさんある。

「ネイチャー・センス展」では吉岡徳仁さんの雪みたいなインスタレーションと栗林隆さんの和紙で作った森みたいなインスタレーションを見て、やっぱり大きいものが僕は好きだなと思う。

 森ビルの展望室から眺めた東京は、イメージ通りの東京だった。
 じゃあまたねバイバイと言って、次の待ち合わせへ向かう。

 待ち合わせは新宿だったので、一旦新宿へ降り立つも、池袋に変更となり池袋へ。ビールを飲んで話をして。

 10日は予定がキャンセルになり、迷ったものの昼下がりから一人で牛久大仏を見に行くことにした。
 茨城県牛久市は東京から電車で1時間程度の距離。大仏までは駅からバスで30分程度。牛久大仏は高さが120メートルで、奈良の大仏が手の平に乗る程の巨大さを誇る。2008年にどこかに抜かれるまでは世界最大の大仏だった。

 駅から3時半くらいに出るバスに乗ったのは、僕と青年一人、おばさん一人だけ。おばさんは途中で降り、乗ってくる人はおらず、僕とその青年二人だけを最後尾の左右に乗せたバスは田舎道を走っていく。ちなみにこのバスは駅から大仏まで行く最終バスだった。さらに、大仏から出ているバスの最終は4時過ぎだったので、僕は大仏からバスで帰ることはできない。

 大仏は確かに圧倒的に大きかった。町田康が小説の中に書いていたように、ただ大きいだけの間抜けな仏像かもしれないけれど、それでも天晴れな大きさだと言っていいと思う。

 僕は基本的に一人旅ができない人間で、誰かと感動を分かちあえないなら何をしても意味がないと考えてしまう。さらにこの日は気分が沈んでいたので、実のところ大仏を見てもなんとも思わなかった。
 もしも誰かと来ていたら「大きかった」だけではなくもっと別の感想を書いていたかもしれない。

 大仏の中に入ると、まず最初の間で真っ暗闇を体験する。真っ暗な中で1分程何かのナレーションがあって、それから扉が開くとそこにはクリスタルの仏像が青や赤や緑の光で照らされている謎の空間がある。
 なんというか、新興宗教的宇宙的場末の観光地的UFO的空間が。あと3300体の黄金の仏像だとか、やっぱりスペーシーな写経の間とか。
 大仏の胸辺りが展望室になっているので、そこから景色を眺めることができるけれど、さっと覗いたらそれでいい程度の景色なのでさっと覗いて降りた。
 外から見たら巨大大仏だけど、中に入ってしまえばなんてことない。

 大仏を出ると「ふれあい動物広場」みたいな所がすぐあるけれど、閉じこめられた動物が子供達に触り回られるという残虐な光景は見たくないのでスルー。

 5時の閉園時間も迫り、帰ろうとするも、ここへ来て先送りにしていた「帰りはバスがない」という問題に直面する。
 バスがないどころか、タクシー乗り場にタクシーの陰も形もない。
 売店で働いているおばさん二人が帰ろうとしていたので、「駅まで乗せてください」と言ってみるも「方向逆だし」と無惨に断られる。普段の僕ならここで諦めずに他を当たったり、「牛久駅まで」と紙に書いてヒッチハイクしたかもしれない。でも、この日は元々沈んでいて、おまけに嫌いな一人観光で心が弱り果てていた。「タクシー呼ぼう」僕は売店に張ってあったタクシー会社の電話番号をコールした。すると、早口で良く聞き取れなかったけれど、出たのはどこかのお店の人みたいだった。あれっ、と思いながら「タクシーをお願いしたいのですが」と言うと、「あっ、そのタクシーの会社潰れちゃったみたいですよ」との明るい返事が返ってくる。

 電話を切って、僕はiphoneで他のタクシー会社を調べた。

「あー、牛久大仏ですかー、ちょっと、うちは牛久まではカバーしてないんですよ。良かったらグループの他の会社教えますんで、そっちに掛けてみて下さい」

 教わった番号では誰も電話を取らず、僕はもう一つ別のタクシー会社に電話を掛け、やっとタクシーを頼んだ。

 ベンチに腰掛けて衛生ボーロを食べている。諸事情で僕はこの時衛生ボーロを持っていて、お腹が空いていて、他には食べるものが何もなかった。
 大仏公園は閉園して、もう客は誰もおらず、ただ園の掃除をするおじさん達とベレー帽まで被った大げさな身なりのガードマンみたいな人がいるだけだった。ガードマンはありとあらゆるところの鍵を掛け終えると車に乗って帰って行った。

 日が傾き、ヒグラシが鳴き、タクシーを待つ僕の背後には間抜けなくらい巨大な大仏が立っている。遙か見上げた大仏の頭には何かの鳥が止まったり飛んだりしていた。
 足下には巨大なタイプのアリと小さいタイプのアリがたくさんウロウロしている。衛生ボーロを一つ落としてみると、巨大な方のアリが見つけてなんとか運ぼうとしているが成功しないようだった。僕は別のボーロを落として足で砕いてやった。
 バスは無く、ヒッチハイクも断られ、電話したタクシー会社は潰れていて、背後には巨大大仏、足下にはアリ。
 もう一度書いておくと、この日はもともと気分が沈んでいた。だからこのタクシーを待つ時間ときたらそれは悲惨なものだった。

 ようやく現れたタクシーの運転手さんは気さくで陽気で、僕はそれで一気に救われる。人に明るく親切に接することは大事なことだなとしみじみ思う。
 運転手さんと話していて分かったのだけど、なんとこういった場所では流しのタクシーは走っていなくて基本的に全部電話で呼ぶものらしい。僕にとってタクシーは基本的には手を挙げて止めるものなので、そういうと彼はびっくりして「いやいや、本当に知らなかったんですか! こういうとこへ来てタクシー待ってても絶対に来ませんよ。流してませんから。呼んで下さい」と言った。

 電車に乗って東京へ戻り、夜の渋谷で待ち合わせ。初めてハチ公像を見る。ゴミだらけだ。子供の頃にハチ公物語を読んで、コタツに潜って泣いたことを思い出す。

 渋谷のスクランブル交差点もはじめて渡り、こんな人だらけの街にまともにくつろげる店があるのだろうかと心配したけれど、さすが友達はずっと渋谷で働いているだけあって、一歩裏通りの、きれいな、人の少ない素敵なお店へ連れて行ってくれる。

(続く)

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