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東京日記1

 夏蔦が窓の外で揺れている。すこし遠い蝉の声が聞こえる。そこには、かつて存在したものがもう存在しないことによる深い静寂が腰を据えていた。古い埃のにおいと窓から射す遅い午後の光。8月という死者に一番近い季節。僕はそっとピアノに手を触れてみる。

 カーン、と誰かが表にあるあの変な形の鐘を鳴らした。
 僕は生者の世界へ意識を戻す。
 この夏の太陽が照りつける汗ばんだ世界へ。

 2010年の8月8日から11日まで、僕は東京に滞在していました。僕はずっと京都に住んでいて、東京へ出たことはこれまで3回しかありません。1度目は小学生の時にディズニーランドへ行ったとき通過しただけ。2度目は中学生の修学旅行で東京タワーに登っただけ。3度目は一昨年従姉妹の結婚式に出て、帰りにコルビジュエの国立西洋美術館を見てご飯を食べて帰っただけです。

 だから、今回は僕のはじめての東京と言っても過言ではありません。なんと31歳にして。
 このところ、ブログに日記を書くことはほとんどしないようにしています。本当に素敵な重要なことは書けない場合が多いからです。だから書くとしてもある部分だけを抜き出して、それに対する自分の感想みたいなことだけを書くようにしていました。
 今回も日記は書かないつもりでしたが、色々と思うところがあるので、抜き出された部分の断続的連結で日記に似たものを書こうと思います。整合性などにおかしな点があっても気になさらないでください。
 という訳で、話は8日の夜11時から始まります。

 池袋で11時前に友達と待ち合わせ。彼は中学の同級生で、同じ塾にも通っていたけれど、実は学校でも塾でも同じクラスになったことは一度もない。多分まともに遊んだことは一度もないんじゃないだろうか。さらに中学を卒業してから10年以上会っていないし、連絡すら取っていなかった。全く偶然にミクシィで再会し、それで数年前1、2回京都で会った。
 考えてみれば、これはかなり薄い関係の筈だけど、不思議なことに僕は忙しく働いている彼に対して日曜日の夜11時から飲みに行くことを提案してしまう程の親密さを感じていた(無茶言ってごめんねw)。こういうのはインターネットの恩恵かもしれない。

 池袋を二人で歩くのは不思議な気分だった。僕たちは目に付いたバーに入ってビールを注文した。昔や今や未来の話をしていると3時半になっていて、外では最近珍しい雨が降っていて、僕たちはバイバイまたねと小走りでそれぞれの眠りへ向かった。

 9日は11時に六本木で待ち合わせ。
 東京ミッドタウンの21_21で開催中の佐藤雅彦さん「”これも自分と認めざるをえない”展」へ。この展覧会がはじまったとき、見たいなとは思ったけれど、まさか本当に見ることになるとは思いもしなかった。

 最初に自分の名前、身長、体重、星を描く動き、虹彩を登録する。
 この展覧会は体験型の展示が多いので、人が空いていてラッキーだった。それでも登録システムの前に数人の列ができていて、並んでいると「京都工芸繊維大学の人ですよね?」と声を掛けられてびっくりする。見てみれば見覚えのある人で、同じ大学の人だった。今は東京で働いているという。東京でばったり京都の大学の人と会うとは。

 これは京都での話だけど、つい先日もお店のカウンターに座っていると「京都工芸繊維大学の人ですよね?」と話掛けられてびっくりしたところだった。全然誰か思い出せないなと思っていたら本当に知らない人だった。「大学で何度か見たことがあります」とのこと。なんだか有り難い。

 この展覧会のテーマは「属性」で、指紋、虹彩、身長、体重、ペンの握り方、顔、輪郭の長さ、記憶、体の動かし方、服などと個人の属性を関連させた展示が置かれている。
 顔、については顔認識のシステムを使った展示があり、そこでは「男か女か」「30歳以上かどうか」「笑顔か怒っているか」の判断をコンピュータが下すのだか、僕は女で30歳未満で、精一杯の笑顔も怒った顔だと、ことごとく逆の判断をされた。昔から女の子に間違えられることも、若く見られることも多かったから、それはそれでいいけれど、笑顔が怒った顔に見えるというのはちょっと頂けない。

 全体的にハイテクな展示の中で、一番印象的だったのは今やローテクに分類される普通の写真だった。
 Ari VersuluisとEllie Uyttenbroekの"Exactitudes"という作品で、二人は街行く人々を観察し写真を撮り、それを「似たもの同士」のグループで分類した。これがなんかとても面白かった。僕たちが普段うっすらと意識している「こういう感じの人達」というものを写真で明示した作品だ。うまく言えなかったことを誰かが上手に説明してくれたときのような爽快感。

 トリッキーな作品の多かった21_21を出て、新国立美術館ファサードとインテリアを見た後、友達が「黒沢明の実家」だという店でうどんを食べる。
 それから六本木ヒルズ森美術館へ。
(続く)
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”ちょっとマニアックな話”

 展示には何人かの有名人のパソコンが並べられているブースがありました。
 中にコーネリアス小山田くんのもあって、デスクトップに「和光」というフォルダがありました。
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