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祖父が泳ぎの得意だったこと

 2010年7月23日金曜日、友達と日帰りで海水浴に行ってきました。天橋立海水浴場へ行ったのですが、まだ夏休みの早い時期で平日だったせいか、人は適度にしかいなくて、水はきれいではないけれど、ビーチでごろごろしたり一泳ぎするには快適だった。それに周囲はちょっとした観光地にもなっている。

 とても久しぶりに泳いだので嬉しくなって沢山泳いだ。水に入ってしばらくすると体が慣れてきて、ゆっくりであれば結構長い間泳いでいられる。

 体が水に慣れてきた頃、僕はいつも亡くなった祖父のことを思い出す。
 祖父は海辺で育ち、子供の頃は朝ご飯の前に一潜りして朝ご飯を採ってくるような生活をしていたらしい。祖父は僕が高校生になった頃亡くなった。離れて暮らしていて、たまに会っても仲良く接するには僕はシャイすぎたので、祖父の口から多くを聞く機会はなかった。一緒に泳ぎに行ったこともなかった。

 祖父の死後数年経ったある日、ベッドに寝たままレースのカーテンが揺れるのを眺めていると、外から差す柔らかな朝光の効果でまるで水の動きみたいに見えて、僕は海の中にいるかのような気分になった。
 そのとき急に涙が溢れて来て僕は泣いた。祖父が亡くなった時には泣かなかった。それほど深く悲しみはしなかった。けれど、この瞬間、死後何年も経ってから、僕は深い深い悲しみと喪失感を覚えた。
 それは失われた可能性に対する悲しみでもあった。
 もしも僕がもっと明るく積極的な子供だったなら、祖父を海に誘って泳ぎを教えてもらったり食べられる貝や魚の採り方、深く潜る方法、危険な生き物や海で取るべき行動についてたくさん学ぶことができた筈だった。同時にそれは祖父にとっても楽しい時間になった筈だ。孫に自分の持っている知識と技術を教えるのはきっと幸福なことだと思う。

 祖父は年をとってからも海や川へ泳ぎに出かけていて、入院のあと片方の手足に麻痺が残り歩くのに不自由があるような状態ででも一人で泳ぎに行っていた。泳ぐというのは祖父にとってそれくらい自然な行いだった。僕は水泳教室で教わるのとは全く別の泳ぐということを学べたに違いない。

 具体的に何も教わらなかった僕は、こうして波間に浮かんで、ただ彼の血が流れているのだということを思い出す。
 この海の水と成分のより近い血液が。

百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))
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こころ (新潮文庫)
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