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武術の真偽。

 昨日簡単に合気道のことに触れたので、今日も引き続き武術に関することを書いておこうと思う。これは、合気道とかってなんか胡散臭い、という人たちに対する答えの一角にはなるのではないかと思う。

 僕はベースに子供の頃少しやっていた少林寺拳法とボクシングがあるのですが、少林寺拳法を作った宗道臣の本も父親が持っていて、その中には合気道家が道場破りに来たのをあっさりやっつけた、という話が書かれています。今から思うと宗道臣はあまり心の広い感じのことを書いていなくて、空手の試割りについても「瓦を割るならハンマーを使えば良い」みたいなことを書いていました。子供心にもなんとなくロマンのない人だなと思ったけれど、少林寺拳法はとても合理的で良くできた武術に見えたので、とりあえず僕も瓦を割るならハンマーでいい、とつぶやいておくことにした。

 ちなみに、空手やテコンドーの演舞では瓦を割ったり板を割ったりしますが、実は試割り用のすぐに割れる板などか存在します。みんながそれを使っているわけではないと思うけれど、演舞を注意深く見ていると蹴りが当たる前に持っている人のインパクトに備えた緊張だけで板が割れていることが稀に見られる。

 閑話休題
 それで、当時これこそが最強とは言わなくても、最もクレバーな武術だと思っていた少林寺の本に合気道は駄目だみたいなことが書かれていたので、僕もじゃあそうなのだろうと割合素直に思い込んでいた。

 話が変わるのは高校生の頃で、テレビに養神館の塩田館長が写っていたのを見た時だ。塩田館長は既に亡くなっていたので、流れたのは記録映像だったけれど、演舞が凄かったので僕は吃驚した。だけど、既に合気道は駄目だという偏見を持っていたので、こんなのはやらせなんだよバカらしい、と思い直してテレビを見ていた。
 もしかしたら本当かもしれない、と思ったのは、J・F・ケネディの弟ロバート・ケネディが来日したときのエピソードを見てからだった。ケネディは演舞があまりにも胡散臭いので自分のボディガードを塩田館長に立ち合わせた。すると塩田館長はあっさりとそれを取り押さえたという。これはケネディ自身が書いた文章で残されている。

 これは世界中の大抵の武術にある技だと思うけれど、敵の手首を極めて投げる小手返し(投げ)という技が少林寺にもある。それを初めて習ったとき僕はすっかり感動した。その時に格闘技って面白いと思った。柔道みたいに相手の襟だとか帯だとかを掴んで、それで足を掛けて、というような大きな動作をしなくても人を投げる(厳密には手首が折れないように倒れる)ことができるのだというのは衝撃的なことだった。
 それまで、僕の中には人を投げるには柔道みたいにしなくてはならない、という固定観念があったので、そうやって手首を極めて投げるということは想像もできなかったのです。それが小手返しを習うことで覆った。だから、もしかしたら、さらに小さな接点とモーションで人を投げることが本当は可能で、それを僕が単にまだ知らないだけなのかもしれないとも思った。

 それを確かめるべく、大学へ入ると同時に合気道を初めた。大学のサークルだったので、なんとなく体を動かしたいとか、護身術を習いたいとか、ダイエットしたい、とかそういう目的で特に「強さ」ということは気にせず練習している人もたくさんいたけれど、それと同じくらいの数のメンバーが「合気道で本当に強くなれるのか?」ということを追求していて、現役の自衛官もいたし他の武術出身の人もいた。先輩などは隣で練習している剛柔流空手の人と対戦して怪我をさせ救急車が来たこともあった(そのとき僕はいなくて、聞くところによれば膝を顔面に入れて鼻を折ってそのまま投げて失神させてしまったとのこと。合気道は当て身7割投げ3割を地で行くような人だった)。

 そこで僕は随分熱心に合気道を稽古した。半年だけ。半年でやめるのは早すぎるだろうと言われるかもしれないけれど、僕はその半年間本当に熱心に稽古をしたし、トップの先生方に稽古をつけて頂いたときにここじゃないと思ってしまったのだ。今から思うと、やっぱり辞めるには早すぎたと思う。でもその時はそう思ってしまって、もう練習をするモチベーションが失くなっていた。

 辞めない方が良かったと思う理由も、辞めても仕方なかったと思う理由も、もちろん両方がある。

 先に辞めなかった方が良かったのではないかと思う理由を書いておくと、自分の未熟さ故にわからなかったことが沢山あったのではないか、ということだけではなくて、もっと具体的に気に掛かったままのことがあった。
 それは、一番上の先生に稽古をつけて頂いた時のことだ。先生は植芝先生に直接師事された方で、僕が道場へ行っていた頃既に随分な高齢だった。普段歩いているところなどを見ると不安になるくらい、一見どこにでもいそうな老人だった。だけどもちろん合気道は上手い。今でもはっきり覚えているけれど、右手で先生の左手を取ったとき、瞬時に手を引かれて体を前に崩され、そのまま後ろに回り込まれて「重心が前に寄ってる」とお尻を叩かれた。

 あっけに取られるような出来事だった。
 すごいとかそういう感じではなくて、単に「えっ」という感じ。
 後で甲野善紀先生のことも書きますが、甲野先生の技に掛かった時もそうだった。「いや、今のは違うんです、崩れちゃいましたけど、これは先生の技のせいじゃなくて、僕が気を抜いていたせいです、もう一度お願いします、真剣になればこんなことにはならないはずです」と言い訳したくなるような。だけど、次にやっても同じことが起こる。本気が出せない。本気を出せないままあっさりと崩される。

 でも、本当になんだこれはと思ったのは、この一回切りだった。後は単に弟子たちが馴れ合いでやられているだけに見えた。
 合気道の演武を見ていて、あんなに激しく人が投げられるわけがない、自分から飛んでいるに決まっている、という人は沢山いる。それは真実だ。試しに手のひらを上に向けて左手を前に伸ばしてみて欲しい。その左手を誰かに両手でしっかり握って貰って、伸ばした左腕を軸と見立て、相手から見て時計回りに180度捻って貰って欲しい。捻られた方へ体を傾けなければとても立っていられないはずだ。じゃあ次にこれを高速でやられたらどうなるだろうか。自分から体を飛ばして捻られるに合わせて自分で回転するしかない。そうしないと手首が折れる。
 だから、演舞で受けを取る人は自分から激しく飛んでいる。受けの人が素人だったら技が掛からないのではなくて、その人の手が折れるということだ。

 が、しかし。物事というのは色々な方向へ発展するもので、この「ちょっと捻られると自分で飛んでしまう」というのが習慣化した人々も確実に存在する。まだ掛かっていないのに、技の前兆を察知した瞬間に自分から飛んで受身を取ってしまう人たちを僕は沢山見た。
 相対する相手との感応を高める、ということだけが目的ならそれでも構わないかもしれない。でも戦うということを考慮したときにこれは好ましいことではない。
 高弟達が師の微妙な動作でバッタバッタと倒されるのを見ていると、自分の番が回ってきたときに自分だけ師の動作に応じないというのは雰囲気として難しい。僕は多少ひねくれた所があるので、簡単には倒れたりしないけれど、それでもサークルの他のみんなのことも考えると永久に頑張り続けるということはできなかった。
 それに、練習の目的というのが師に技を掛けられることなのか、師の動作を感知することなのかどちらなのかはっきりともしなかった。

 結果的には、あるとき、僕が先生に楯突いた為に練習時間が延長され(部長はヒヤヒヤしながら見ていたと後で言っていた)、そのとき先生との会話は「これは格闘技じゃない、健康体操みたいなものだ」というセンテンスで締めくくられた。道場主である10段の口から健康体操という言葉が出てきて僕は腰が砕けた。今ではこの健康体操という言葉の含みが分かるけれど、当時の僕は額面通りにしか受け取れなかった。

 稽古が終わったあと、みんなが道場の掃除や内弟子へのお茶出しをしているとき、僕はある内弟子に「君は面白いね、掃除とかいいからちょっと話そう」と呼ばれた。結局これも偉そうに話す彼のことが気に食わなくて、僕は「じゃあ、ちょっと勝負して貰えますか」みたいなことを言ってなだめられて終わった。
 なんだかトゲトゲしていたものだと思う。これを書いていて、今、若いというのがどういうことか実感した気がする。まだ僕は二十歳にもなっていなかった。

 辞めた理由までまとめて書いてしまったようなものだけど、僕はこの背後をさっと取られたときのことが忘れられなくて、あれが単なるまぐれだったのか、それとも本当の実力だったのか、今でも心に引っかかっている。
 それから、呼吸法という二人で向かい合って座って、一方がもう一方の手を押さえ、抑えられた方はどうにかして手を上げる、という練習があるのですが、これも基本的にはそんなに上手でない人同士だと力の強い方が勝つことになる。でも、ある小柄なおばさんとこれをしたとき、僕は完全にいなされた。手を抑えられたら動けず、手を押さえてもこっちが崩される。何度やっても。だから、上手な力の使い方というのは本当にあって、それはこの道場でちゃんと養われているのだと思った。
 これが辞めない方が良かったと思う理由。

 辞めた理由はもう書いてしまったようなものなので、文章も随分長くなったしこの辺りで一旦終わることにします。
 この後、僕は合気道的なものは辞めて、元通り、合理的な総合格闘技みたいなものだけをするのですが、甲野先生の技を体験する機会があって、やっぱり合気道的なものも確実に存在するのだと知ることになります。
 それから、これは有名な事件ですが柳龍拳のことと、いくつかの塩田館長の動画を紹介したいのですが、それも次回に。