制服反対!

 今から多少無責任なことを書こうと思う。
 僕は一切責任をとることができない。
 どれくらいのリスクがあるのかもはっきりは分からない。たぶん大したことはないと思う。実際に大抵のことは大したことじゃない。もしもあなたが試してみたいなら、やってみるだけの価値は十分にあるだろう。

 僕が子供の頃したくて、でも怖くてできなかったことだ。
 
 『明日から学校に制服を着ていかない』、というのはどうだろう?

 そう、好きなジャケットやパーカで登校するというのは。

 僕は中学生のとき、みんなが選択の余地無く制服を着ていることがとても嫌だった。そして、別に考えなくても分かるくらいに明らかなことだと思うけれど、別に中学生が制服を着なくてはいけない理由なんて何もない。
 ただ、そう決められていて、みんなそういうものだと思っているだけのことだ。
 こういうのって実に原始的だ。
 吐きそうなくらい。

 正直に書くと、最初は僕も制服が少しは嬉しかった。いかにも中学に上がるのだという感じがしたから。それから、服としても別に嫌いではなかった。
 ただ、だからといってみんながみんな強制的に同じ服を着なくちゃならない、なんてことが正当化されたりはしない。着たい人は着ればいいし、着たくない人は着なくていい。はっきり言って議論の余地なんてないと思う。

 僕は子供の頃とても臆病で、内申書とか教師とかコンサバな同級生のマジョリティーとか目立つと襲い掛かってくる不良達が怖くて私服で登校することができなかった。そんな面倒を乗り越えてまで自分の意見を通すより、別に3年間制服くらい着ればいいと自分に言い聞かせた。面白みのない腐った話だ。
 だけど、やっぱり12、3歳の子供にとって、中学校というのは強大な社会だった。それに僕はまだ無知で高校に行けなくなると人生は随分暗いものになるのだと信じていた。変なことをして悪い内申書を書かれてドロップアウトしてしまうことが本当に怖いと思っていた。やりたい放題やれば良かったとわかったのは大学生になってからのことだ。
 
 もちろん、僕だってそんな制服の恨み辛みを意識しながら生きているわけじゃないから、それを思い出すことなんてほとんどなかった。遠い子供の頃の記憶でしかなくなって、心の奥に沈んでいた。
 ここ数年思い出す回数が増えたのは「制服」に似た物でこの社会の結構な部分が占められているのをありありと見るようになったからだ。みんな嫌でみんな変だと思っているのにみんながそうしているからノーと言えないことが沢山ある。

 短絡的に制服が原因だなんてことは思わない。僕だってそれほど馬鹿じゃない。
 でも、制服は原因ではなくても、逆に変革のトリガーとして活用することができたのではないかと思う。
 もしも、12歳だか13歳だかの僕が、あのとき必死に政治力を働かせて踏ん張って、綿密な根回しである日突然全校生徒の半数以上が私服で登校してくるようなことを起こせていたら、大袈裟だけど世界は変えられたかもしれない。
 半分以上の生徒が「制服なんて馬鹿みたいだから着ません」と言ったら、それを説得する術なんて学校のどこにもなかっただろう。どこかの誰かがいつか決めた「制服を着ること」なんて決まりはあっさりなくなるに違いない。
 ニュースが報道するかどうかは分からないけれど、情報は流れ、これはけして1つの中学で治まらなかったと思う。日本中の中学生が制服を着るのをやめたかもしれない。
 そして、これが一番重要なことだけど、そういうことを体験した世代が、自分達の声で何かを実際に変えた世代が、大人になると世界は違ったはずだ。
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