フォーマルな服装。

 僕の妹は2,3年前に結婚している。結婚式に、僕は少し崩した格好で出て、両親親族から随分な顰蹙を買った。式の前に僕の格好を見た母親は卒倒しそうだった。彼女は最後の希望を込めて「今から式に出る服に着替えるの?」と聞いてきた。答えはもちろんノーだ。すると、なんというか「緊急事態発生」みたいな雰囲気が控え室に漂って、僕は心底驚いた。念の為に書いておくと、僕は別にTシャツにジーンズみたいな格好でホテルへ行ったわけではない。ちゃんと真っ黒なスーツを着ていた。それがちょっとタイトに仕立て直したベルベットだっただけだ。本当は背中の左下端に真っ赤なハートを目立たない感じで付ける筈だったのが、前日の夜、2次会で流す映像を作るので徹夜になり時間切れになってできなかった。それと革靴は嫌だったので真新しい黒のスリップオンを裸足に履いていた。写真を見せた友人はみんな「これで怒られたのが信じられない」と言うし、僕も信じられない。比較的自由人だと思っていた父親にまで「お前が主人公のつもりか、もっと地味にして来い、これは駄目だ」と言われた。ちなみに妹夫妻は最初から知っていて全く気にしていない。

 彼らの言い分はこうだ。
「私自身は別に気にしないけれど、中には気にする人もいるから、その人に失礼だから」

 本当にそうだろうか。そういうことを気にする人が本当にいるのであれば、僕はきちんと話をしたいと思うし、それで分かり合えないなら悪いけれどその人のことはそれ以上気に掛けていられない。
 
 1年後くらいに、今度は従姉妹の結婚式があった。両親は「まさかまたあの格好で結婚式に出るつもりか。そんなことは許さない。お金なら出すからちゃんとしたスーツを買え、革靴も買え」と言い張り、僕はそれを飲んだ。僕が自分で買った駄目だしされた方のスーツは、買った後にテーラーで手も入れてもらっていて、さらに言えばそのときテーラーのおばちゃんに「これいいねー、結婚式にぴったり」とまで言ってもらった服だった。なんだか意味が分からなくて悔しかった。うちの親はこんな人ではなかった筈なのにどうしてしまったんだろうと思った。

 従姉妹の式に新しい無難なスーツで行くと、おじさんが「自分の妹のときは変わった格好してきたけれど、今度はきちんとした格好で来たな」と言った。もう誰も訝しい顔はしないみたいだった。僕以外のみんなは満足で、告白するととても楽だった。こういう格好をしていれば誰にも文句を言われたり叩かれたりしないで受け入れてもらえるのだ、と思った。こういう安心感のもと、世界は破滅へ向かうのでしょうね。