置かれた言葉はまるで足跡のように続いていました。

 生まれてはじめて、ミクシィのコミュニティによくある「はじめまして」のところにはじめましてって書いてしまいました。一体何のコミュニティかというと「ポカリスエットCM愛好会」というそのままポカリスエットのCMを褒め称えるコミュニティです。前にも一度書きましたが、僕はポカリスエットのCMがずっとものすごく好きで、今でもときどきyoutubeで見ているのですが、80年代の外国人を起用したものはアウトとして、それから後の日本人を使ったCMはだいたい好きです(宮沢リエを起用していた頃はCGが邪魔だとか色々思うことはあるけれど)。天才的な青と白の使いかただと思う。僕はJポップなんてほとんど聞かないけれど、選曲も完璧だと思う。
 今日、研究室で朝から少しCMを見ていて、そうかコミュニティを探してみればいいんだと思って探すとあったので、嬉しくなって入ってしまったという次第です。しかもはじめましてをはじめて書いたくらいだから相当に嬉しかったのだと思う。今まで一人で「これはすごいCMだよな」と思っていたのが、そこには1225人ものメンバーがいました。

 とまあ、これはやや恥ずかしい告白で、僕は自分が10代を過ごした1990年代のポカリスエットCM曲が今聞くと随分なインパクトで心を打つことにびっくりしています。年をとるってこういうことなのか、と思った。
 僕は小学生くらいのときはクラシックが好きだと言い張り、中学になると洋楽が好きだと言い張って、CDショップへ行っても邦楽の棚の前に立つなんて恥ずかしいことはできない、といったタイプのひねくれた子供でした。高校の途中くらいからバランスが取れるようになった。だから、当時テレビやなんかで流れていた曲も真剣に聞いたことはないし、全然注意したこともなかったはずです。なのに、今当時流行していた曲を耳にすると、それは圧倒的に懐かしくて、他の時代の音楽とは完全に質の異なった心の動きを呼び出します。これが「土着」とか「ふるさと」とか「世代」とか、そういう概念の本質だったのかと、それらの強力な働きを思い知らされている。

 音楽と時間、に関して言えば、もう一つ自分の年齢がその音楽に追いつくというのも最近経験しつつあります。
 僕は今でこそ小沢健二のファンを公言していますが、彼がテレビに沢山出ていて売れていたときは全然好きではありませんでした。好きになったのは僕が大学生になってフリッパーズギターに目覚めて、それから小沢健二コーネリアスと歴史を再び辿ってのことです(1988年に小沢健二小山田圭吾よりなるフリッパーズがデビューして1991年に解散、その後、小沢健二小山田圭吾(コーネリアアス)のソロになる)。

 小沢健二のアルバムは現在以下の6枚があります。

犬は吠えるがキャラバンは進む』(1993年9月29日)
『LIFE』(CD;1994年8月31日, アナログ盤;1994年9月21日)
『球体の奏でる音楽』(1996年10月16日)
『Eclectic』(2002年2月27日)
『刹那』(2003年12月27日) アルバム未収録曲集
『毎日の環境学: Ecology Of Everyday Life』(2006年3月8日)

 このうち5枚目の刹那はアルバム未収録曲集なので外しておいて、残りの五枚についてそれぞれ発売時に小沢健二がいくつだったのかを記入すると

犬は吠えるがキャラバンは進む』(1993年9月29日)   25歳
『LIFE』(CD;1994年8月31日, アナログ盤;1994年9月21日) 26歳
『球体の奏でる音楽』(1996年10月16日)         28歳
『Eclectic』(2002年2月27日)             34歳
『毎日の環境学: Ecology Of Everyday Life』(2006年3月8日) 38歳

 そして、ただの偶然かもしれないけれど、僕は今29歳で、いいなと思えるアルバムは古いほうから「球体の奏でる音楽」までだけで、「球体の奏でる音楽」を聴くようになったのも去年くらいからです。
 小沢健二柴田元幸村上春樹、3氏の関係は以前に書きましたが、僕は柴田元幸村上春樹の文章が好きなように小沢健二の書く歌詞も好きです。そしてなんとなく象徴的なことに「球体の奏でる音楽」には

 うっかりして甘いお茶なんて飲んだり
 かっこつけてピアノなんて聴いてみたり
 大人じゃないような
 子供じゃないような
 なんだか知らないが輝けるとき

 という一節からはじまる「大人になれば」という歌が入っている。28歳、29歳ってもう大人だろ、って言われそうだけど、やっぱり今は僕はこういう風に感じています。小沢健二が生まれたのは1968年4月なので、1979年2月生まれの僕とは学年にしてちょうど10年の開きがあります。彼がこれを書いたとき28歳で、自分が28歳になってから歌詞に共感を覚えるようになったというのは、人が各時代から受ける影響、つまり「世代」の他に、世代を超えて「ある年齢で分かること」がちゃんと存在しているのだということを示唆しているのかもしれない。34歳になったとき、今は暗いなあとしか思えないEclecticを聞いたらどう感じるのだろう。
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