動物たちがやってくる塩なめ場。

 普段はあまり意識しないけれど、未来の自分は「今」存在していると言っても間違いではないなと思う。それは今の自分が未来の自分を作るから、みたいな道徳っぽい話なんかじゃなく、文字通りの事実として。もちろん、過去の自分も「今」現に存在している。

 今にカッコをつけて「今」にしたのは、今の概念をちょっと拡張した今というものを表したかったからです。隠れた次元がいくつあるのかは置いておいて、直感的な僕達の世界「空間3次元+時間1次元」の4次元において、時間だけ特別な見方をするのをちょっとやめてみよう、というような感じのことをかつて相対論でアインシュタインは言ったわけですが、ここでも同じように時間だけ特別に考えすぎるのをやめてみたいと思います。

 3次元空間を普通のxyzデカルト座標で表現して、面倒なので1次元、x軸にだけ注目するとします。
 さて、今
 x=1にAさん、
 x=2にBさんがいたら、
 僕達は「ああ、AさんとBさんが隣に並んでいるんだな」と思います。
 実際にそれは現実世界で目で見て確かめることができます。間違いなく今二人は並んでいます。

 これがx軸でなく、時間t軸であったとしても本質的には同じことではないでしょうか、
 「今」
 t=1にAさん、
 t=2にBさんがいたら、
 僕達はやっぱりこれも時間軸上でAさんとBさんが並んでいるのだなという風に思います。ここでは時間を特別なものだと思い込むのをやめにしています。空間だったら「今AとBが同時に存在している」ということを簡単に受け入れるくせに、時間だと「『今』AとBが同時に存在している」ということを受け入れない、というのは変な話ではないでしょうか。
 未来だろうが過去だろうが自分だろうが他人だろうが、僕達はそれも含めてみんな並んで「今」一緒にいるわけです。本当はそういうことだと思う。
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