echo.

 子供のとき、実家から車で15分くらいのところに評判の良い小児科があった。親子二代に渡る小児科で、評判が良いのは息子さんのほうだった。お父さんの方はもうおじいさんで、大抵の診療は息子が行い、週に1日、午前中だけ父親の診療時間もある、というような感じだったと思う。
 僕は風邪やなにかで咳が出るようになるとそれがなかなか治りきらなくて、このときも咳が治らないということで小児科へ行った。
 診療はおじいさんの方だった。彼は僕の胸に聴診器を当てた後「君は喘息かね?」と聞いてきた。それはどちらかというと僕がする質問にも思えたけれど、どうしてかこのとき僕は「違います」と断言した。診療はそれだけだった。僕は咳止めの薬をもらって帰った。

 最近、風邪だかなんだか咳がでて、またしばらくそれを引きずっていて(こういうのが8週以上続くのを咳喘息というらしいですね。僕はまだそんなに長くないけれど)ふとそのおじいさん先生のことを思い出した。彼は診療のはじめに「君は良い顔をしてるなあ、きっと将来立派な人になる」と言ったのだった。捕らえ方によってはこれは呪いなわけだけど、きっと教育的な配慮として彼はみんなにそう言っていたのだと思う。そして僕は咳をして二十数年前の彼の言葉を思い出す。二十年以上前におじいさんだったわけだから、その先生はもうなくなっているのかもしれない。

 ICレコーダに向かって何かを言うと、僕達の言葉は録音されて、装置が壊れてしまわない限り100年後にだって1億年後にだってそれを再生することができる。当然のことだけど。でもここで何が起きているのか冷静に考えてみるのも悪くない。
 僕達の言葉が遠い未来に再生可能なのは、それはICレコーダの中に入っている記憶素子の状態を物理的に変化させたからだ。そしてその変化はずっとずっと保存され、しかるべき時が再生され、今度は誰かの鼓膜を振動させるだろう。僕達の発した言葉の影響はどういう形であれ未来永劫に渡って残る。録音しなくても同じことだ。一人で部屋の中で独り言を言ったって同じことだ。独り言は大気を振動させ、その人自身の鼓膜を震わせて脳にシグナルを送り行動を変化させる。体の表面、壁、床に微かな振動を生み出す。

 言葉は僕達の一体どこから出て来るのだろう。
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