flower-children's.

 上賀茂へ足を踏み入れたのは久しぶりだった。夕飯を食べた後、上賀茂神社の前を通ると”こどもまつり”が行われていて、僕達はすこし覗いてみることにする。神様に踊りやなんかを奉納するための舞台に、良く分からない男の人と女の人がいて何かを演奏していた。女の人は絵本を手にしていて、舞台のすぐ前に茣蓙を敷いて座っている子供達に両開きにしたページを見せている。気前良く広がった芝生の上に人々が座ったり寝ころがったりしてステージを眺めている。空気は完璧な涼しさで、空には計算されつくした角度の満月が昇っていた。小さな兄が芝生の上できれいにでんぐり返り、さらに小さな弟は不器用にでんぐり返る。彼らは母親の後ろを着いてはしゃぎ回っていた。青い月明かりの中、所々ひかえめに座った恋人達がその様子を眺め、目を遠く伸ばせばやせてメガネを掛けたまだ若い父親が赤ん坊をあやしていた。

 舞台の上でよく分からない男の人はギターを置き、それから岩笛を取り出した。僕は昔見た岩笛吹きのおじさんが「岩笛には魔力があるから太陽の光の下でしか吹いてはいけない」と言っていたことを思い出したけれど、その良く分からない男の人はお構い無しに岩笛を吹き始めた。神社の中なら魔力も恐れなくていいのかもしれない。それはきれいな音で満月の夜にはふさわしいような気もした。

 岩笛の演奏が済むと良く分からない男の人と女の人は挨拶をしてステージを降り、今度は良く分からない若者の男女が出てきて男はギターを弾き、女はゆっくりとした歌を歌った。

 さて、ここまではよく分からないけれど地域のささやかな満月のお祭りと言える。雰囲気をガラリと変えたのはこの後に出てきた還暦前後のおじさんたちグループだ。何とかさんという人は”ケメコの歌”というのを歌って40年くらい前にそれなりに活躍していたらしい。あとの4人のおじさんたちも大ベテランで演奏はとても巧い。子供向けにか「世界に一つだけの花(?)」をギターの他マンドリンバンジョーで演奏してくれてそれはもうクオリティーが高くて僕はじっと聞いていた。

 おじさんはMCも手馴れたものだった。「8時で音を出すのはやめてくれって言われているのですが、あと1分で8時ですね。でも、まあいいじゃないですか。あと2曲くらいやりましょうよ。年がばれてもいいじゃないですか。みんなで歌いましょうよ」

 そろそろ飽きてきて神社の出口へ向かう僕らの背後から「なごり雪」が聞こえてくる。夏の終わりの満月に春が来て君はきれいになった。右手にある駐車場に何台かのバスが止まっていて、水銀灯のオレンジ色がそれらをぼんやりと照らしている。映画「パッチギ」のバスをひっくり返すシーンを思い出す。60年代という単語が頭の中から消せない。おまけにここは京都だ。

 60年代にヒッピーだった人たちが、今ではすっかり社会の高い地位に納まって、あの頃の文化を再現する力を持ち、僕達はときどきそれらに触れる。そういうものを見ていると世代というものについて考えざるを得ない。