accurancy in calculation.

 「君は顎が小さいから大変だ」というようなことは子供の頃から良く言われていたのですが、それほど深刻に受け止めることなく29年間生きてきて、今になってようやくどういったリスクを抱えているのか理解しました。

 親知らずの抜歯の為、僕は6,7年ぶりくらいで歯医者を訪れ、それで色々とトータルに口の中を見てもらっています。細かい虫歯だとか、傷んだ詰め物だとか。それで、今日は今の自分の状況を把握して、今後の治療のことを考える日だったのですが、見せてもらったレントゲンを見て、まず愕然としたのは下顎の親知らずが2本ともほぼ真横に深い位置で存在していることです。一番やっかいなタイプの親知らずだけど、その前の歯の根っこの吸収が始まってしまいそうなので抜く必要があります。もちろん、大学病院の口腔外科での作業で、歯茎を切開して骨を削って歯を分割して、という聞きしに及んでいた恐ろしいことが遂にわが身に降りかかることとなるようです。先日、上の親知らずを抜いて、それで全てが済んだような気分になっていたのに甘かったようです。

 さらに、なんと僕はまだ乳歯が2本残っているのですが、その下で出てこれないまま埋まっている永久歯が、斜めに前歯の歯根を押しているので、将来的にいろいろと厄介なことになる可能性があります。ひいては乳歯を抜歯して、一体どうするのか分からないけれど矯正して永久歯を正常な位置に持ってくるのが良い。とのことです。この矯正の為にも、親知らずの抜歯は必要だとのこと。

 これらを実行するのであれば、大学病院と矯正歯科を紹介してもらい、まず親知らずの抜歯で2ヶ月くらいみて、その先2,3年は矯正生活が続くことになります。参ったなあ。本当ならこういうことは子供のうちにやっておくべきだったのだろうけれど、僕はそれこそどのようなリスクがあるのか良く分からなかったし、歯医者さんもそんなことを強くいう人ではなかった。

 こんなに丁寧に将来のリスクにまでわたり説明してくれる歯医者さんははじめてで、予防歯科の立場を表明しているだけのことはあるなと思う。僕の乳歯周辺の問題は、以前の歯医者でも話題に上ったのだけど、「様子を見て将来的に問題が起こったときに」ということを言われてすっかり安心していて、でも今思えばその判断は良くなかったのだろう。変な方向に歯が伸びていくのは明白なので、問題が起きる以前に手を打ったほうが良いに決まっている。今の歯医者さんは「悪くなるに決まっていることは様子を見るよりすぐに手を打つ」という感じで、短期的に見れば患者として非常に面倒だけど、長期的に見れば当然だし気分がいい。

 もっとも、問題は僕自身にあり、昔は「予防」というものになんらかの注意やコストを払える性格ではなかった。辛気臭いしバカらしいような気がしていたし、面倒だし、起こるかどうかは100%はわからないわけだし、そんなに心配しなくても問題が起きたらそのとき対処すればいいじゃないか、と親知らずのことも何も真剣に考えてみたことがなかった。そのとき僕が真剣に考えていれば、状況がもうすこし軽いうちに対応が取れたはずで、今頃親知らずに悩まされることもなく、きれいな歯並びで生活していたことだろう。

 「予防」というものを、なんとなく馬鹿にしてしまうのは、別に僕に限ったことではないと思う。家の窓に取り付けた防犯センサーが役に立っているのかどうかは誰にも分からない。家に泥棒が入れば、僕達は泥棒が入ったと分かるけれど、防犯センサーを見て泥棒が侵入を諦めた、ということは知りようがない。未然に防がれた悪い出来事を誰も直接体験することはできないし、自分の人生に「それ」が起こらなかったことがどれだけ幸せなのかということを感じるには豊かな想像力が必要だからだ。すくなくとも僕にはその想像力が決定的に欠けていた。