p.f.

 僕は中学生のときサッカー部に所属していました。でも、練習にはほとんど出たことがありません。いわゆる幽霊部員というやつです。僕の通っていた中学では部活動は義務だったのか、あるいは実質義務だったので、全生徒がなんらかの部に所属していました。僕にとってはこれは理解不可能なことだった。僕としては授業が終わればすぐにどこか学校の外へ遊びに行ったり、家へ帰って本を読んだりしたかったのですが、なんと放課後にまで学校の中でスポーツだとか囲碁だとかをしろというわけです。そういうことが好きな人はそういうことをすればいいと思う。今となっては必死に毎日放課後の練習に出て、みんなで全国大会を目指すみたいなことをやてみてもそれはそれで良かったのかもしれないなと、ときどき思わなくもありません。でも、僕はそういうことの好きな子供ではなかった。

 中学生くらいの年齢の子供社会には独自の構造があるので(たとえば女子は先輩が視界に存在する限り繰り返し挨拶をしていたり)、部活動にいかないというのはもう許されざる行いだった。毎日のように、今日はちゃんと出ろだとか、どうしてこないのかとか、そういうことを同級生からだけではなく教師からも言われるので、僕は毎日結構なストレスを感じていました。今なら色々とうまく説明できるし、それらの小言もどうでもいいことだけれど、当時は学校の存在が僕の中でも大きかったし、彼らをうまく説得するなんてできそうになかった。恥ずかしいけれど告白すると、僕は中学1年生の夏休みが終わる日、夜眠る前に泣きました。不思議なことにみんなは夏休みだというのに毎日のように学校へ行って部活動に励んでいて、僕ときたらたったの一度もその練習に参加していないし、また明日からの練習にも行くつもりがないし、それはもう一体何を言われるか分かったものではないからです。みんなは僕のことを理解しなかったけれど、僕にとってみればみんなの方が異常だった。周りの人がほとんど全員異常なところへ明日からまた通うのだと思うとうんざりした。振り返れば高々それくらいのことで泣くこともないだろうと思うけれど、当時はまだ12歳か13歳の子供だったのです。

 もちろん、部活以外の点ではみんな比較的まともに見えた。僕も成績は良くて、クラス委員だったし、比較的順調な学校生活だったと思う。放課後になって帰るときだけ、僕は小言に耐えながら素早く学校を後にした。放課後の僕は悪者だった。結局3年間部活動にはほとんど関わっていないので、たしか卒業アルバムの部活コーナーに載せられた集合写真でも欠席扱いになっていたと思う。3年生のときはいつも遊んでいた友達4,5人とサボって帰っていたので、その友達も全員欠席になっていたと思います。3年になるころにはそういった比較的だらけた友達も増えて図太くなっていたので、部活動のことはほとんど気にならないようになっていました。

 それにしても、学校というのはなんて窮屈なところだったのだろう。当時の自分がそれに負けそうだったことをとても悔しく思います。でも、当時の僕はその程度のものだった。あとから考えればなんでもないようなことに随分な重圧を感じていた。もしも昔の自分に連絡が付くのであれば、色々なことを教えたいと思う。むろんそれは不可能な話だ。だけど、今の僕が未来の自分の力を借りることはひょっとしたらできるのではないかと思うことがある。きっと今も自分は10年後の自分が見たら笑い飛ばすような壁にぶつかって凹んだり怖がったりしているのではないかと思うし、それなら10年後の自分を先取りして、10年後の自分ならどう思うだろうかと考えるのも、ときには何かの助けになるのではないかと思うのです。
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