Phoebe Caulfield got the record.

 今日は吹雪のように激しい雪と風だった。

 los campesinosというバンドがあって、そのバンドのことを良いなと思います。最近僕はほとんど音楽に興味が無いのですが、もしも自分がバンドをやるならこういうバンドが良かった、というようなバンドです。もしも興味のあるかたはyoutubeでlos campesinosと検索すればPVやライブをみることができます。

 先日、the catcher in the rye をようやく読みました。ようやくというのは、実は僕はこの本のことを10年くらい気にしていたからです。
 僕は10年前予備校に通う浪人生でした。あとで、予備校なんて愚かしいところに何故入ったのだろうと相当に後悔したけれど、とにかく僕は予備校生でした。僕は授業にはあまり出ないで、毎日本ばかり読んでいました。ちょうど予備校の隣が大型書店だったので、昼食を食べずにそのお金で毎日本を買ってどこかで読んでいた。
 だけど、その授業には偶然出ました。古典の授業の最終回で、特異的なキャラクターのM先生はお別れの挨拶にいくらかスピーチをしてくれたのだけど、そのメインとなる話題が「ライ麦畑で捕まえて」だった。

「みんなはライ麦畑で捕まえてを読んだことがありますか? 有名な本だから多分何人かは読んだことがあると思います。ライ麦畑に自分が立ってて、畑の端は断崖絶壁になってる。それを知ってるのは自分だけで、他の人は知らない。それでそっちへ歩いていく人に’危ないよ’って言うんだけど、誰も気にとめない。大丈夫大丈夫何言ってるの、って感じで。それで多分その人は落ちてしまう。だけど私は気にとめてもらえなくても危ないよって言い続けたい」

 僕の記憶ではそういった話だった。僕は彼女が一体何を言いたいのか良く分からなくて、それでそのスピーチはとても深く印象に残った。

 "The Catcher in the Rye" Jerome David Salinger
 『危険な年齢』(橋本福夫訳)
 『ライ麦畑でつかまえて』(野崎考訳)
 『ライ麦畑の捕手』(繁尾久訳)
 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(村上春樹訳)

 もちろん、当時だってその本の存在をしらないはずなかった。ただ、僕はなんとなく「良い子の読む小説」みたいなイメージを抱いていたので、全く読もうとは思わなかった。ところが村上春樹が2003年に翻訳を発表して、それで僕はまたライ麦畑で捕まえてのことを思い出した。奇しくもその古典の先生は村上先生という先生だった。だけど、やっぱり僕は読まなかった。どうして読まなかったのかはわからない。そしてまたライ麦畑のことを忘れて生活していたのが、去年の暮れに洋書屋へ入ったとき目に付いて、今度はどうしてか本を手に取った。僕は今の今まで村上春樹訳が本屋で平積みにされているときでさえ、手にとって立ち読みをしさえしなかったのです。
 出だしの数行を読んで僕はその本を買うことに決めました。僕は英語のニュアンスを感じるだけの英語解読力を持ちませんが、でも個人的な勝手な解釈が許されるなら、その文体はとても軽やかで素晴らしかった。

 そうして、僕は1951年に書かれた本を2008年に読んだ。つまり57年前の本を。全然良い子の為の小説なんかではなくて、ちゃんとした小説だった。それから、変な言い方だけどこのライ麦畑は村上春樹の小説にとてもよく似ていた。僕はライ麦畑を読むことで村上春樹がどこからやってきた小説家なのか、その一端をかなりクリアに見た気がしました。スラングを多用した文章には賛否両論あったのだと思うけれど、書かれていることは実に繊細だった。

 そして、10年前にその先生が言っていたこともなんとなく分かったような気がした。分かったのは本のお陰でなくて、単に僕が年をとったからかもしれないけれど。
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