happy new year, and all.

 あけましておめでとうございます。
 新年早々一体何を書くのだと自分でも思いますが、さっき20年来の疑問が解けたので簡単に書いておきます。少し汚い話というか言葉だし、どうでもいいようなことです。でも、僕はずっとそれを気にしていて、ついさっき偶然に謎が解けました。

 僕は今までの人生で不思議な生き物を4回見たことがあります。

 1つ目は、名古屋から京都府亀岡市に引っ越してきてすぐのころ、山の中で遊んでいると木の又に角の生えたトカゲのような生き物を見ました。僕はそのときまだ小学校一年生で、当時の自分の記憶や判断力がどれくらいだったのか怪しいとは思います。僕はとてもびっくりして、一緒にいた友達に「変なトカゲがいる」と叫んだけれど、「トカゲくらいいるよ山だし、都会から来たやつはこれだから」みたいな感じでスルーされて、まだ友達にも馴染んでいなかったのでそのまま通り過ぎた。僕が何かを見間違えたにしろ、勘違いしたにしろ、僕はあのような不思議なトカゲを以来見たことが無い。

 2つ目が、今日の本題です。
 その頃僕はまだ小学校の3、4年生くらいで、まだ亀岡市に住んでいて、田んぼだとか用水路でよく遊んでいました。そして、ある日僕は田んぼの中に尻尾の生えた親指のようなものが動いているのを見つけたのです。最初、僕はそれが生き物だとは認識できませんでした。ソーセージに尻尾を付けて、皺を適度につけて、全体を肌色にした、というようなものはちょっと生き物には見えにくいですよね。だけど、どうみてもそれは自力で動いていたので生き物だった。僕は新種の生き物か、あるいは突然変異のおかしな生き物を見つけたのだと思って、もともとはシーモンキーのだった水槽を急いで取ってきてそれにその謎の生き物を掬い取った。

 それは水槽のなかで何日が動いて、そして死んだ。僕は餌になにをやっていいのかも分からなかったし、結局なにもできなかった。動かなくなったそれを田んぼに捨てて、一体あれはなんだったのだろうと、以来ずっとときどき思い出して気にしていました。前述のトカゲは見間違いで済むかもしれないけれど、この変な生き物は僕は水槽にいれて暫く持っていたのだから、気のせいだということは有り得ない。

 もちろん、もっと真剣に調べれば答えはすぐに分かったのだろう、生き物の図鑑を片っ端から当たるだとか、詳しそうな人に聞いて回るとか、でも、まあ僕はそこまで熱心ではなかった。身近な人に聞いて、手元にある本を見て、それで分からなくて終わりにしていた。ずっと心に引っ掛かっていたけれど、それは別に心の底に押し込めておいても何の問題もない種類の疑問だったし、労力を使うつもりはなかった。

 それが、ついさっきひょんなことから解けました。
 僕のもとにも、何通かハガキの年賀状が着たので、返事を出さなくてはと思い簡単な年賀状を書くことにしました。すらすらと楽しげな絵が描ければ苦労はしないけれど、僕はろくな絵が描けないので、イラストレーターで簡単なものを描こうとして、ネズミ年なのでネズミのシルエットでも入れようと単純に思い、輪郭を抽出するための元画像をネットで検索したのです。グーグルのイメージ検索で「ネズミ」と入れて出てきた結果の中にそれはありました。
『ネズミのような尾が生えたウジ虫』
 新年早々、けしてきれいではない言葉を使って申し訳ありませんが、僕はこの見出しを読んだ瞬間にピンっと来たのです。それはちょっとしたショックでした。20年間気にしていたことが偶然に分かった、という経験ははじめてだったので、その見出し語がけして快いものではなかったにも関わらずすこし感動したくらいです。
 そのページを開くと『オナガウジ』というキーワードが分かって、名前が分かればインターネットの時代だからもうこっちのものです。
 僕が20年気にしていた生き物はなんてことないハナアブの幼虫でした。

 僕以外の人にとって、これは極めて意味の無い話かもしれない。でも、20年間積み重なった偶然の結果答えに当たったというのは、僕にとってとても驚くべきことです。その疑問の質に関わらず。たとえば、今日駅で年賀ハガキが売られていたので、一瞬「これを買って済まそう」とも思ったわけです。だけど買わなかった。コンビニでも売られていたけれど、もう変なのしか残っていなかった。もしもハガキを買っていたら、僕はこのハナアブの幼虫のことを一生知らなかったかもしれない。今年がネズミ年ではなかったら。年賀状が来ていなかったら。あらゆる可能性を考えるとやっぱり奇跡的だなと思います。やっぱり僕達の人生の背後には何かが流れているのではないかと思います。

 あと2つの生き物については、また機会があれば。
 それでは、素敵な一年を。
 
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