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 昨日、夜ご飯を食べながらテレビを見ていると、骨髄幹細胞のことが扱われていた。具体的には骨髄幹細胞を用いた脳梗塞および心筋梗塞の治療に関するもので、日本では札幌で今年1月から脳梗塞治療の臨床がはじまっているし、海外でも既に臨床結果は得られている。

 脳梗塞を発症すると、血流が十分にないことで脳細胞がダメージを受けてしまい、血流の回復が遅い場合、その細胞はもう駄目になったまま元に戻らないというのが脳神経外科での常識だった。
 ところが、本人の骨髄から取り出した幹細胞を培養して静脈に点滴すると、驚くことに僅か5時間に撮影されたMRIか何かでは有意に患部が小さくなっていた。つまりもう駄目だと思われた脳細胞が復活していた。この結果を主治医に報告するとき、MRIの技師は「考えがたいことなのですが」と前置きして話を切り出していた。その患者はたった一度の幹細胞の点滴でみるみる回復して、5ヶ月後だか半年後に退院していった。

 脳梗塞の話題の次は心筋梗塞の治療だったけれど、これも基本的には同じ施術がなされる。狭くなった血管をカテーテルで拡張するだけでは死滅した毛細血管や心筋細胞は回復しないので、そこへ幹細胞を注射する。すると患者は通常よりもずっと早く良く回復する。

 僕はこれらのドキュメンタリーを呆然として見ていた。幹細胞の話は知っていたけれど、こんなに簡単にはっきりと治療結果を目の当たりにしたのは初めてだった。幹細胞は弱った細胞を元気にして、血管を新たに作り、おまけに自身が欠如している細胞に変化する。トカゲやイモリなど一部の生き物が持つ驚異的な再生力の基礎となるメカニズムだ。

 僕は医学の進歩に驚いて呆然としたというより、むしろ人体の皮肉な仕組みに呆然とした。これまで多くの人々が脳梗塞心筋梗塞で苦しんできた。命は取り留めても体に麻痺が残ってしまう。その特効薬が実は自分の体の中にあったのだ。もちろん、まだ副作用や何かの確認はとれていないけれど、動物実験でもうまくいっているようだし、たぶんこの治療法はうまく確立されるだろう。

 するべきことは、自分の骨髄から幹細胞を取り出し、それを培養あるいは濃縮して血管内へいれるだけ。体にあったものを取り出して体内に戻すだけだ。骨の中から血管の中へ移動させただけだ。一人の患者は「自然治癒力」という言葉を使っていた。一体どういうことなのだろう。どうして人体はどこかが破損したときに幹細胞を活用できるように設計されていないのだろう。僕達の設計者だとか進化だとかは、このことにどうして配慮してくれなかったのだろう。

 昨今、再生医療の研究がどんどんと進んでいて、近い将来我々はトカゲの尻尾みたいに全てを再生可能になるのかもしれません。それはすばらしいことに違いないけれど、それが単に人体に眠っていた「自然治癒力」を上手に利用した結果だったとしたなら、なぜ最初から人類は強い再生能力を持つようになっていないのか、という疑問が頭を擡げてきて仕方ないのではないかと思う。