river.

 8月3日にある課題の締め切りがあったので、それまでの数日間は随分と忙しいものになった。本当は31日に愛宕山の千日詣へ行きたいなと思っていたけれど、冷静に考えればどう考えても無理なので、それもやめにして、少し寝不足なまま3日を迎えた。8月4日は、土曜日で、鴨川公園の中洲に屋根と壁を作って映像を映して静かな音楽を掛ける、ということをすることになっていて、でも結局は3日の段階でまだ天井用の照明ができていなかった。だから、僕はこの日の夜にそれを作ろうと思っていたけれど、ばったりと眠ってしまって結局できない。

 眠っていると電話がなって、半分目を閉じたまま携帯電話のディスプレイを見ると、発信者は「公衆電話」となっていて、なんだろう、と思いながら取ってみると電話の主はBだった。ハンガリーから帰ってきたところで1年ぶり。
 諸事情により、ハンガリーから一緒に日本へ来た彼氏Iを少しの間僕の部屋に泊めて欲しいという。とりあえず、4日の中洲でのパーティーには来るというので、そのときに詳しい話をすることにして電話を切る。

 4日の朝、体がいつもよりも重たい、午前中に注文していた黄色いスニーカーが届くことになっていたので、それまで部屋にいる。
 結局僕が照明を作らなかったので、昼に実家まで車や発電機を取りに帰る前にI君と相談して、I君に照明は任せる。
 実家へ帰って車を借りる。父親がヒツマブシを作ったので食べていけと言われ、食べていると「日本の名山」といった感じのDVDを流しはじめる。急いでいたのでそこそこにして祖父の家へ向かい発電機とスピーカー、アンプを車に積んで、それから松ヶ崎に戻る。

 結局荷物を大学から中州に運びはじめるのが、もう6時になろうかと言う時刻になってしまう。
 フレームについて、中洲についてから部品を組み立てるのは面倒だし、大きいけれどそんなに重たいものでもないから組んだものを歩いて中州まで持って行こうという考えだったが甘かった。想像以上に運ぶのが大変で、たまたまOが手伝ってくれなくてI君と二人だったら時間と体力を絶望的に消耗していたに違いない。

 3人でフレームを運び込んだあと、Oに見張りを頼んで、僕とI君は大学に戻り、荷物を車に積み込んで中州へ運ばなくてはならない。運び始めるのが遅くなったせいで時間に全くゆとりがなく、歩いて大学に戻るのは時間のロスが大きすぎるので出町柳の駅でタクシーを拾う。ハンドルを小径のものに変えていて「車検は通るよ」と言う、走り屋みたいな運転手さんで少し楽しかった。

 車にプロジェクターなどの機材を積んで、ガソリンスタンドで携行缶にガソリンを買い、中洲に戻るともう八時前だった。

 すでに中州についていたT君たちに荷物を運ぶのを手伝ってもらって、僕は車を駐車場へ入れに行く。コンビニで懐中電灯用の電池を買って中州に戻ると「運ぶの終わったよ。でも、プロジェクター落として壊しちゃった」とI君が言う。その後、発電機にガソリンと入れて始動させ、電気を作ってプロジェクターをチェックしてみると本当に壊れていたので少し悲しくなる。

 残ったもので行うしかないので、とりあえずは灯りを燈して、河の水を汲んで錘を作り、フレームを立てて布を張って壁と屋根を作る。その最中、見てみればハロゲンライトが消えていて、ハロゲンは電圧にセンシティブで変な電圧で使うと切れるかもしれない、というのが頭にあったので、古い発電機に繋いでいてはどれくらい持つのか心配もしていたところだったから一瞬絶望的な気分になる。
 誰かがスイッチを切ったのかと思ってスイッチを入れても反応しない。プロジェクターで天井に映像を、ハロゲンライトを使って壁に河の水面からの反射を淡く映す予定だったから、二つとも壊れてしまってはもう絶望するしかない。
「ハロゲンが切れた」と僕が言って、大騒ぎしているとT君がコンセントが抜けているという非常に初歩的なことを指摘してくれて、結局はそれだけのことだった。

 心配していた風も穏やかで、設営も問題なくすんで、天井には急ごしらえの照明しか当たっていない状態だったけれど、それはそれで悪くはないものができた。みんなが持ってきてくれた食べ物だとか飲み物だとか、そういうものもあって、そこそこはくつろげる空間ができたのはないかと思う。部屋のサイズは幅5メートル、奥行き3.5メートル、高さ2.5メートルで、そこそこの人数は入ることができたと思う。

 設営が終わったとき、僕は朝から既にくたびれていたのもあって疲れ果てていて、喉もカラカラでSさんが作ってくれた特製フルーツポンチとMちゃんのスパークリングワインをガブガブと飲んでしまった。あとでTに、「今日は飲んでいいの?車は?」みたいなことを言われて初めてしまったと思う。それからはジュースばかり飲む。

 結局、手伝ってもらいながら片付けが終わったのは朝の5時くらいだった。BとIはKちゃんとM君のところに一晩泊まることになり、僕は明るくなり行く窓の外を見ながらシャワーを浴びて眠った。

 5日。車と発電機を実家の方まで持っていかなくてはならないので、昼にI君と車で実家へ向かう。先に祖父の家へ行き、発電機などを下ろすと、祖父が「仏壇を参っていけ、コーヒーを飲んでいけ」というので、I君と上がってその様にする。

 そのあと実家へさっと車を置いて、JRで松ヶ崎へ戻る。帰り道にTから電話があって、奈良の燈花会はなかなかいい、などのことを教えてもらう。それまで飲み物ばかりで、動き回っていたのに全然空腹を感じなかったのが、急にお腹がすいてコンビニで食べ物を買って食べる。部屋に戻って眠ろうとするとBから電話がかかってきて、やっぱりIを暫く僕のとこにおいて欲しいとのこと。僕の狭い部屋に男子を泊めるなんて有り得ないことだけどBに頼まれては仕方ない。まさかそんなことが起こるなんて考えたこともなかった。

 9時に松ヶ崎へIを迎えに行く。僕とIは先日の中洲で挨拶をしたくらいで全くの他人で、それが今日から3日ほど一緒に寝起きするのだから変なものだ。Iはハンガリー人の芸術学生で、話すと随分な好青年だった。
 部屋に荷物を置いてから、彼は祖国のお兄さんと連絡をとる必要があったのだけど、使っている国際電話のカードがうまく働かなくて連絡できない。僕もこういったことは疎いのでいまいちどうすれば良いのか分からなかったけれど、ネットを使いに研究室へ行くと夜中だけどOがいたので色々助けてもらう。彼はもう日本も二年目だし、色々良く知っている。

 6日は大学へ行こうと思うも、京都が右も左も分からないIを放っておくわけにはいかないので、とりあえず行きたいという二条城へ行く。僕は良く知らないけれど「Bが予約すると7日に只で入れる」と言ったらしく、とりあえず予約をしにだけ行くつもりだったのが、「7日は休みです」と看板が出ていたので二人して入ることにする。
 僕は二条城に入ったことがなかったし、耐震工事のために5年くらいは入れなくなる、と聞いていたところだったので、僕にとってもとてもいい機会だった。

 そのあとランダムウォークへ行って地図を買い、6時からYちゃんのハムスターを預かることになっていたので急いでアパートへ戻る。炎天下を歩いて僕もIも疲れていて、気がつくとハムスターもIも僕も眠っていて、Yちゃんがハムスターを受け取りに来たとき時刻は既に9時前だった。

 それからラティーノへご飯を食べに行って、下鴨神社へよって帰る。

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