緑色した海底砂に真っ赤なジェットドール。

2006年10月30日月曜日

 昼下がり、クリーニングへ出していて毛布を取りに行き、その帰り道、自転車に無理矢理毛布を載せて運んでいると、一軒の空き家があった。こんなところに空き家があったのか、住めないものかな、と思って、ぼんやり表から眺めていると、向かいの家に住んでいるらしいおばさんが買い物から帰ってきて、自転車を門の中にしまい始めた。僕は空き家の持ち主を知らないか尋ねようと思ったけれど、なぜか逡巡してしまい、聞くことができなかった。
 そのあと、家の近所にある別の空き家を通りかかると、今度は隣の隣の家の人が、表で掃き掃除をしていたので、僕はその初老のおばさんに空き家のことを尋ねてみた。すると、あの家は私も知っている人のものだけれど、まず貸してはくれない、ということで、そのあと、実はその方面に明るいらしい彼女は今までに見た色々な個人間の不動産賃貸にまつわるトラブルを例に挙げ、個人的に空き家を探してそこの持ち主と交渉することには結構なリスクがあること、不動産屋とて伊達にお金を取っているわけではないこと、などを教えてくれた。「まあ、私の言ったことも頭の片隅に置いて、ぐるっと色々探してみたらいいと思います」「どうもありがとうございました」「どういたしまして、がんばってくださいねえ」

 不動産の賃貸というのは良く考えてみると奇妙なものだ、借りるほうの人間は、借りている間は(壊したりしない限り)自分のものだと考えるし、貸すほうはあくまでも貸しているだけで私が所有しているのだ、という意識がある。甲乙両人のその場所に対する「私のもの」意識がクロスオーバーする。

 このおばさんに教えていただいたことは、僕の意識に結構な変容をもたらした。今まであまりリスクのことを考慮に入れていなかったし、リスクとリターンを秤にかけた場合、たかだか住む場所のことでそんなリスクを背負うこともないな、と思う。今のままでも別に取り立てて困りはしない。

 翌日上海へ発つIが研究室の下まで会いに来るとらしいとOがいうので、いそいそとエレベーターを降りると、単にここで会うだけではなく食事に行くということらしく、そのままLさん、Jさん、Yさんと合流し祇園の中華料理屋へ行く。
 そのあとLさんの家へ移動してお酒を飲み、僕はここではじめてカイコを食べた。Lさんは韓国人で、韓国ではカイコの缶詰が売っている。虫を食べたのは初めてで、どの程度の抵抗があるのかと思っていたら全く平気だったので自分でも吃驚した。

 僕は約束があったので1時頃にIとお別れをし、Lさんの家を出てメトロへ行き、Kと僕の連絡がうまくいかなったせいでゲストで入ることができなくて正規料金を払って入った。DがKと僕の3人で何かをしたいとしきりに言うので、僕は自分のビジョンがたぶんDのそれとは食い違っているのではないかと思って、ちょっと真剣に話をしようかと思ったけれどうるさいのや何やらでできなかった。
 3時にきれいに切り上げて、MとKちゃんと一緒に帰る。