サマー・ナイト・スパイラス。

 今日はすでに一つ記事を投稿したのですが、半分ただの文句みたいな感じになってしまったので、昔の記事も出してしまいます。

 これは「ロックンロールバンド」というタイトルで、僕が2004年の10月10日に書いたものです。
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 あるアーティストのCDを聞いていたら彼はファーストアルバム
にもセカンドアルバムにもヒグラシの声をサンプルしたものを使っ
ていた。
 ヒグラシの声は僕も好きだし、それを使う気持ちは良く分かる。
ヒグラシの声を聞く時、僕は夕暮れの山並みをイメージし、半分は
そこに本当にいるような気分にすらなる。キャンプやなんかにいっ
たときみたいに。より厳密にいうと昔保津峡あたりの山の中を夕暮
れ時に歩いた光景と、もう一つ、本当に自分が見たのか只の空想に
過ぎないのかよく分からない海沿いの山並みを想う。

 でも、当たり前だけどあれは虫の声であって風景が鳴っているわ
けじゃない。勿論、風景が鳴っているというのもきれいなとらえ方
だけれど、小うるさいことを言えばヒグラシという虫が鳴いている
のだ。
 といいながらも僕はヒグラシの姿形を知らない。いつも勝手に
セミのような虫を想像して済ませてしまう(それで正解だけど、
実際に見たわけではない)。
 だから、もしかするとヒグラシというのはそんなに生易しい「セ
ミのような」姿ではなくてムカデとかエイリアンとかクモみたいな
恐ろしい形をしている可能性だってある。「なんてきれいな音なん
だろう」と思って音源を見付けるとそこには妖怪ザリガニ男のような
見るも恐ろしい異形の怪物が木にとまってカナカナカナと鳴いてい
る。ということだってあるわけです。
 そういう時僕らはどのようなリアクションをとればいいのだろう
か?

 お盆に訪ねると、従兄弟の家では巨大な虫篭にうじゃうじゃと
鈴虫を飼っていた。それはもう見るも恐ろしい虫篭ワールドだっ
た。僕は夕方早くに引き上げたのでその声を聞きはしなかったけ
れど、あの虫達だって日が十分に暮れれば夜通し美しい声で鳴き
続けるのだ。
 そして僕らはその声を「きれいな音だね」とスイカでも齧りな
がら聞くことになる。
 この場合をみると我々は「音」と「音源」を分離して捉えるこ
とに成功しているように見える。鈴虫の音を聞きながら談笑と
スイカの摂取に励むのはいいけれど、鈴虫の大群そのものを眺め
ながらスイカの摂取に励むというのはなかなか難しい。でも、
音が聞こえるということはそこに鈴虫の大群がいるということ
なのだ。但し、僕らはそのビジョンに蓋をすることができる。

 でもこのシチュエーションには条件がある。
 それは鈴虫の大群は虫篭から出ることができないという暗黙
の了解である。
 もしも部屋の一角にバーっと鈴虫の大群を放してしまったら
「きれいな音」も談笑もスイカも何もあったものではない。それ
はもう確実に地獄絵図を形成することになるし、スイカだって
鈴虫に齧られるに違いない。
 つまりビジョンに蓋が出来るのは虫篭の蓋もきちんとしまって
いる場合においてのみなのだ。

 ここで嫌われ者の虫代表ヤマトゴキブリが、みんな大好きな
バンド代表ビートルズの「Let It Be」各パートをそのままサン
プルしたような声で鳴くことを仮定しよう。
 彼らはコミュニケーションの為に鳴くので、自然とその鳴く
リズムは同調するものとする。ジョン・ゴキブリとポール・
ゴキブリとジョージ・ゴキブリとリンゴ・ゴキブリ(こんな
例え話思い付くんじゃなかった。まるでビートルズに対する
冒涜じゃないか。僕は彼らがとても好きです。)の4匹がそ
ろえばほとんど完璧な音でビートルズの演奏を聞くことがで
きる(もちろんボーカルも)。
 そうすると、良くないことがあって落ち込んで疲れ果てて
部屋に戻ったときに(運良く)このゴキブリ達4匹が部屋に
侵入していればチャラン、チャラ、チャランランラとCDを
セットしないでもレット・イット・ビーが流れてきたりする
ことだってあり得るのだ。
 
 ここで音楽の真価が問われる。
 もしも音楽が本当に世界を変える力を持っているなら、彼
はゴキブリ達の演奏に癒されて部屋の何処かに侵入して食べ物
を漁っているゴキブリ達を殺さないし、感謝すらするかもしれ
ない。ラブ&ピース! (多分ほんとうに落ち込んでるんだろ
う)
 でもロックが世界を救わないなら彼はすぐに殺虫スプレー
を世界で一番小さなロックンロールバンドに向けて発射する
だろう。それは核ミサイルの発射ボタンを押すようなものだ。

 そして残念ながらウッドストックは世界を救わなかった。
ロックンロールの95%はドルとかエンとかポンドに変わり
相変わらず世界は核兵器を持っている国が支配している。
 つまり殺虫スプレー大噴射ってことだ。

 そして虫篭に入ってきちんと蓋をされた音楽が鳴り響く。
 イメージには蓋がされている。