スムージー。

 最近のエアコンは自動的に自分自身を掃除する機能がついているということで、どこかのメーカーのコマーシャルでは「10年間掃除が要りません」ということだけど、それって10年分の埃をエアコンの中のどこかに仕舞い込むだけ、ということではないのでしょうか? どうなってるんだろう。

 久しぶりに、昔メールマガジンを出していた頃に取材をしてもらったときの新聞を見る機会があって、それで僕は久しぶりに自分が昔書いていたものを読んだのですが、そういえばこのブログでときどき再録します、と一度言っていたのに放ったままになっているな、ということを思い出したので、ときどきその昔のものを載せたいと思います。使い回しだ、という意見があってもそれは妥当な意見ですが、このところ色々なことが起こっていて、更新が滞ることも多いので、ちょうど良いのではないかと思ったりもしています。

 以下は2004年の11月2日に書いたものです。
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 8年8ヶ月前のシリウスが、今日もビカビカと煩く輝いていた。
 僕は嫌になって静かな月を眺めた。1.3秒前の満月がじっとしていた。
 やっぱり眩しかった。

 まいったなあ。
 僕はベランダから3メートル下を流れる小さな川にビールの空缶を投げ込
んだ。ちゃぽんと、0.009秒前に空缶は着水した。そして0.009秒
前の水がさらさらと美しい音を立てながら通り過ぎたのを少しの間聞いてい
た。すぐに表通りを0.02秒前にハーレーダビットソンの群れが通り過ぎ
て、小さな水の音なんてまるで世界には存在しないように思えた。

 振り返ると0.00000001秒前の彼女がテーブルにチキンのトマト
ソース煮を載せていた。それから0.004秒前に「できたよー」と明るく
僕を呼んだ。「わかった。ありがとう」と0.0005秒前に僕は応えた。
網戸のサッシに0.02秒前に手が触れて、僕はそれを開けて部屋に戻った。

 チキンのトマトソース煮は絶妙の味付けだった。
 僕は0.0005秒前に口に入れたチキンの温かさとスパイシーな味付け
を堪能した。それは本当に素晴らしい料理だった。僕はテレビのグルメ番組
でタレント達がうるさく騒ぎ立てて料理を食べているのが大嫌いだったけれ
ど、今ではそれも理解できた。驚いたり叫んだりしないと表現できないくら
いにおいしい食べ物は確かに存在するのだ。

 でも、どちらにしてもそれらはすべて過去の話だった。
 窪塚洋介が「今を生きろ」とテレビドラマで言っていたので、それから今
を生きようと決心したのだけれど、残念なことに僕には今というものが存在
しなかった。見るもの、聞くもの、触れるもの、全て過去だった。光は一秒
間に30万キロメートルしか進まないし、音は340メートルしか進まない。
運動神経の電気信号伝達速度はたったの秒速100メートルで、触覚に至っ
てはその半分、秒速50メートルだった。それから脳の中で複雑極まりない
演算が行われ、我々はその後やっと、見たり、聞いたり、感じたりするのだ。
思考だろうがなんだろうが、僕たちが「認識」するものは認識と同時に起こ
ったことでは有り得ない。当たり前だけど、何かが先に起こり、その後僕ら
がそれを「認識」するのだった。

 だから、僕は今を感じることができなかった。
 一瞬遅れて、世界から常に取り残されていた。
 まるで一枚の殻に覆われているように、僕は全てを後から感じていた。

 このもどかしさをどうにかしたくて、誰に相談するべきかを考えてみ
たのだけど、こういった問題について適切な答えを与えてくれそうな人は
そんなにいない。僕の知る限りではゴーダマ・シッダールタくらいのもの
だった。でも生憎彼は2500年も前に死んでいる。その弟子達はたくさ
んいすぎて誰のところへ行けば良いのか皆目見当が付かなかった。

 仕方ないので僕は自分でブッダならどういう答えをするのか想像してみ
た。全てのものに仏は宿るし、全ての物は一つなのだから、それだって
おかしなことじゃない。2500年前に死んだ人間と僕の心はリンクして
いるのだ。それにこれが一番簡単な方法だった。

 「今にこだわらなくてよろしい。おいしいものはちょっとくらい過去
 でもおいしいよ。今も過去も未来も一つです」

 空想のブッダは日本語で妙に明るくそう言った。
 僕はフォークを放り投げて、右手でチキンを貪り食べ、左手でウーロン
茶を流し込んだ。

 「ちょっとどうしたの?」彼女は驚いて僕を見た。「いや、すごいおい
 しいから。しかも今おいしい。ってことは未来も過去も永遠に全部おい
 しいってことだから」

 「よく分からないし、気持ち悪いけれど、まだ沢山あるからゆっくり
 食べれば」

 鍋の中身がなくなり、僕らは歯も磨かないで眠った。
 明日の朝目が覚めたら、出掛けましょなんつって仲良く一緒に歯磨き
しようと思う。