レッドチェアーのローラーコースター。

 「K先生って、なんかプレハブみたいな家に住んでるらしいよ」

 と、昔先輩のTさんに聞いたことがある。Tさんはそのとき建築の大学院生で、K先生は世界的にも名前の通った建築家だ。

 「なんか、人のエゴが入った家に住むのが嫌らしい」

 何年か前に発売されたAUの携帯電話「タルビー」。デザイナーはマーク・ニューソンで、彼は僕の結構好きなデザイナーだった。でも、驚いたことに「タルビー」にはマーク・ニューソンのサインが入っていて、とてもがっかりした。

 日本は海外に比べてデザイナーの顔が見え難いと言われます。デザイナーの影が薄いと。でも、僕はそれは本当はいいことなんじゃないかと思うのです。
 僕はデザイナーのエゴが入ったものを持ちたくない。少なくとも見えないようにして欲しいと思う。

 だから、僕はどこかのブランドの服を着ることはないし、ここ何年も古着以外の服を買ったことはない。コム・デ・ギャルソン川久保玲という人を僕はとても好きだけれど、でも彼女の服を着ようとは思わない。なんだか川久保玲という人に負けたような気がするからだ(もちろん負けてるんですが)。

 古着を着ることに関しては、デザイナーや販売者のエゴが見え難いというだけではなく、もう一つとても大きなメリットがある。それは陳列された商品が時間軸にも広がりを持っているということだ。
 サラ着ではブランドでもセレクトショップでも、扱う商品はほとんど「今の物」に限定される。去年や、一昨年、あるいは10年前の商品を売ったりはしない。だから、サラ着を買おうと思うと、買える物は2006年なら2006年のものだけになる。
 対して、古着屋には様々な年に様々な場所で発売された服が置いてある。だから僕達はそこで時間軸も越えた服を選ぶことができるのだ。

 しかも、それら様々な年代の服が、同列に扱われ並べられている。1980年のシャツの隣の1960年のパンツがあったりする。だから僕は1980年のシャツを着て1960年のパンツを穿くことができる。時間を越えて着るものをミックスすることができる。これはとてもすごいことだ。

 音楽でも、他の分野でも同じことが言える。
 1993年あたりから「渋谷系」という言葉が音楽界で用いられるようになった。渋谷系の代表は言うまでもなく「フリッパーズギター」や「ピチカートファイブ」であり、音楽的な特徴としては「過去のいろいろな音楽を自由にサンプリング、カットアップ、リミックスする」というのが大きい。
 永江朗『平らな時代』(原書房、2003年)の中に、雑誌「ロッキング・オン」の元編集長、宮嵜広司のこんな発言がある。

「若い世代は60年代や70年代のロックやブルースを、全く新しい物として聴いた。(中略)歴史を時系列による解釈ではなくて、すべてが等価な音楽的ソースとして並んでいて、そこにランダムアクセスして、シミュレーションしていったのが渋谷系だった」

 これは、物事が始まってからある程度時間が経過したあとの世代だけが持ちうる特権でもある。そして、古着も音楽も同じことだけど、僕達はその更に後の世代なのだ。

 もう一歩突っ込んだことを言うと、特に日本においては、過去の物事から何かを選択して取り出すときに、その文化的歴史的背景を置き去りにしてくる傾向がある。たとえば迷彩のTシャツは別に戦争に関するメッセージを載せているわけではない。でも、迷彩のTシャツを着て海外に行って空港で何かの運動家に間違えられて止められるということは起こる。日本ではそれはない。たんに「かっこいいから」「かわいいから」それを選択しただけのことだ。
 これは日本という国の「いい意味での」軽さを表していると思う。僕は星条旗柄の靴も80年代のオリンピックアメリカチームのウインドブレーカーも持っているけれど、これらを身につけてイラクに行けば何らかの被害に会うことは間違いないと思う。でも、日本国内では「彼はアメリカの何かなのだ」と思う人はいない。単に「そういう模様なのだ」と考える。

 もちろん、無知は怖い。でも、意味を知っていても物事態はそこから切り取ってしまう、という態度はとても自由だ。ブランド信仰があつくて日本人は馬鹿だ。みたいな発言が良くあるけれど、世界を見ても日本人ほどブランド物を自由に使いこなしている民族はいない。ニューヨークやパリでビトンの財布が破れたジーンズのポケットに入っていたり、シャネルの鞄にキティちゃんのマスコットがついていたりということはない(最近は日本文化の影響で見られるけれど)。海外では「ブランドを持つ人」というイメージと意味がブランド物に付きまとっていて、そこから彼らは出ることができない。日本人はそんなの簡単に破壊したのだ。

 このあいだ、あるバンドが世界の大都市をツアーで回るドキュメントを見たけれど、トウキョウは他の都市とは明らかに違ってぶっとんでいた。バンドのメンバーがガングロのコギャル(ちょっと昔の話なのです)とツーショットで写真をとりながら、「やっぱり進んだ国は違うなあ」といっていましたが、僕もこのドキュメントに映された日本像は、訳が分からないけれど、でも自由で進んだ国だと受けとった。本当にそうなのだと思う。
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