グーテンベルク。

 「活字は時間性を持った感動を、1つの空間に定着させてしまうが、しかし定着させ終わったときにはそれはもう詩ではなくなっている」
 寺山修司は1961年に発表した「行為とその誇り―巷の現代詩とAction-poemの問題」において、マスでコミュニケートする為に発明されたグーテンベルク活版印刷の発明が詩を堕落させたことはほとんど間違いないと言った。マスでコミュニケートできるのは、時間の死体や行為の形骸といった最大公約数としての客観的事項についてのみであり、そういったものは散文の次元に通用しても詩の次元には通用しない。というのが寺山の主張である。
 しかし、果たして寺山のこの意見は正しいのだろうか。そもそも、詩の次元、散文の次元とはどのようなものであろうか。

 まず、日本の文学史を、大まかな流れで見てみたい。
 日本にはもともと文字文化がなかったため、大陸から漢字が入って来ると最初はそれをそのまま用いるしかなかった。漢文の使用である。もちろん人々は普段、日本語で話し日本語で思考していたので、頭の中は日本語なのに文字に表すときは外国語である漢文を用いるという分裂状態がここで発生する。つまり、思ったことをそのまま文章に綴るという方法を私たち日本人は持っていなかったのだ。
 この思考と表記手段の間に横たわるギャップを克服するために、日本人は相当な時間を費やした。カタカナが生まれ、ひらがなが生まれ、そうして鎌倉時代ようやく和漢混交文に辿り着く。しかし、まだ人々の話す言葉と書く言葉の間には大きな溝がある。さらに500年以上の時が流れ、1887年(明治20年)、日本近代文学の幕開け、坪内逍遥の「小説真髄」に不満を覚えた二葉亭四迷が「浮雲」を発表。これが日本初の言文一致を目指して書かれた小説であった。
 それからまた1世紀近い時間が流れた1976年、当時24歳の村上龍が「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞を受賞し、1979年には村上春樹が「風の歌をきけ」を発表、そして1987年にはよしもとばななが「キッチン」を世に送り出し、ここに来て言文一致は完成の域に達した。
 私達はやっとのことで「書くことのできる言葉」を手に入れたのである。
 私達は現代、当然のように日本語で思考し、その思考を文章に綴ることができるが、これは現代以降の日本人だけに許された特異的なことである。つまり、歴史的に見れば「日本人が日本語で思考し、それをそのまま日本語で書く」という行為は年齢の浅い、吟味の良くはなされていないものだと言い得る。現代詩を語るとき、私たちはこのことを勘定に入れておく必要がある。

 さて、それでは以下に詩と散文を対比させて、それらが持つ「言葉の運用としての効果」を考察したい。
 先にも書いたように、言文一致が一応の完成を成し遂げた現代、私達は「散文」という表現形式に慣れ親しみ、それが私達の「思考」に近いように見える、という点から「散文は自由である」と思い込んでいる。散文で丁寧に書けば“言いたいこと”が言えるのではないか、という幻想を抱いている。言いたいことをなるべく素直に表現するために「言文一致」はなされたので、このような錯覚が発生するのは当然とも言える。
しかし、散文は完全に人間の思考を表現するものではないし、ヴィトゲンシュタインが「論理哲学論考」の最後で言った様に、語り得ぬことに対して、私達は沈黙せねばならない。
言葉で表現することの不可能性の例を私達はすぐに見つけることができる。例えば、私達は「○○」という言葉を用いて「○○がこの世界に存在しない」ということを言うことができない。なぜなら、「○○」という言葉を発するとき、私達の頭の中には○○の概念が既に存在しており、「○○が存在しない」という言葉は「○○が存在する」というアンチテーゼとともにあって初めて意味を成すからである。だから、私達は○○が存在しない、ということを「何も言わない」ということによってしか言うことができない。
これは丁度、「ゾウを思い浮かべてはいけません」という命令に似ている。
私達はこの命令を聞いて「ゾウ」を思い浮かべないことはできない。もしも本当にゾウを思い浮かべて欲しくないのならば、「ゾウ」という単語を使ってはならないし、何も言わないか、もしくはゾウに全く関係のない命令をするしかない。
このような場合、私達は本当に言いたいことを言うことができないし、本当に言いたいことは言われていないことの中にある。
 だが、かといって全く何も言わないという方法は何かのメッセージを伝えるには不適切である。何も言わないということは文字通りに「何も言わない」ということでしかない。そこで、先人達は文章というリニアなものに弁証法を組み込み、その「正→反→合」という過程を用いて言えないはずのものを言うことに時々は成功した。まず、Aを提示する。そしてAを否定してしまう。そうすると、一旦登場したAは消え去り、そこにはもはや何も残らない。しかし、その何も残っていない状態はAが登場する以前の状態とは同じではない。そこにはAはもはやないものの、「Aという形の跡」が残っている。私達読者はその「Aという形の跡」を眺めるのである。このとき、文章の作者はAという言葉を用いてAではない「Aの跡」を表現することに成功する。散文はそのようにして、言えないことを言おうとしてきた。この方法は仏教話者などにも時折見ることができる。

 それでは、次に詩を見てみよう。詩において、私達は語り得ぬことを如何に語ろうとしたのか。
 冒頭に挙げた言をもう一度書けば、寺山は「活字は時間性を持った感動を、1つの空間に定着させてしまうが、しかし定着させ終わったときにはそれはもう詩ではなくなっている」と主張している。これは読み直せば「詩は本来時間性を持った感動を有している」という意味にとることができる。
 この時間性を持った感動というのは何を指すのであろうか。ここで、思い当たるのがヴァルター・ベンヤミンの「アウラ」である。「アウラ」というのは本来息や空気を表すギリシャ語であるが、ベンヤミンは「オリジナルの持つ、今―ここに、という唯一無二の特性」として術語化した。それは写真や何かの複製技術を用いてもコピーできない「何か」である。
 寺山は、詩がこのアウラを持つ可能性、そして、その複製不可能性のことを指摘しているのではないだろうか。たしかに文字以前の時代においては、詩は語られるものだった。たとえば吟遊詩人達の歌う伝承のように。それらの言葉は音を持ち、発信者と受信者が同じ場所と時間を共有した。それは強力な体験に違いない。しかし、それは言葉の本質的な力には関係がなく、単に演出の問題だということもできる。
 ベンヤミンの「アウラ」という概念を中心に据えると、私達は「同時性、空間の共有」ということを重視しすぎるきらいがある。時間の経過というのは「アウラ」を劣化させる可能性があり排除されるほうが望ましいと。しかし、言葉はそれ自身が永遠性を持つ。私達は1000年前に誰かが発した詩に共感することができる。時間の経過は言葉から力を奪ったりはしないのだ。誰かが送り出した言葉は時の経過と共に付加価値を纏い、送り、送られ、その後に想定された、もしくは想定されなかった受信者に届く。石版に刻まれようが、活字のインクで示されようが、それがオリジナルであろうが、大量の複製であろうがそんなことは問題ではない。私達が問題とせねばならないのは媒体ではなくて「語り方」の方だ。そして、詩とは書かれている内容よりもむしろその「語り方」に重きを置くものなのである。
 芸能者の心得に「師を見るのではなく、師の見るものを見よ」というものがある。弟子が師に追いつきたいと、必死にその師を見ていても、結局のところ弟子の到達するポジションは「師を見る者」でしかない。もしも本当に彼が師に追いつきたい、すなわち「師の立つ場所に自分が立ちたい」と欲するのであれば、彼は師ではなく、師が今立っている場所から何を見ているのか、を思考する必要がある。それを見ることに成功したとき、彼は「師を見る者」から「師と同じ場所に立つ者」へと移行するのである。真に優秀な弟子というものは、この「師の見るものを見る」ことを自然に成し遂げる。また、真に優秀な師というものは、弟子に「師の見るものを見る」ように仕向ける。
 良く書かれた詩というものは、ちょうどこの「真に優秀な師」に似た物である。「真に良く書かれた詩」というものは、読者を「詩を読むポジション」ではなく「詩を書いた作者のポジション」へと誘導する。このとき読者は即作者となる。つまり、詩を読む者は全て詩人なのである。それ以外にはありえない。私達は詩を読むとき、「書かれていること」を体験するのではなく、「それを書いたこと」を体験するのである。「それを書いたこと」というのは勿論「書かれていること」ではない。ということは詩というものは、読者を「読む」から「書いた」ポジションに移動させることで、語りえぬものを語ることに成功したと言える。
 優れた詩というものが、その語り方において「言えないことを言う」ことに成功しているのならば、寺山の言うように活版印刷が詩を駄目にすることなどあるのであろうか。プラトンイデアではないが、詩はその媒体には一切関係なく、その「語り方」自身ですでに詩としての力を持つのである。寺山は演劇人でもあったので、詩における演出の役割を誇張し誤解したのではないだろうか。言葉には「場」が重要であると。

 今回、私は「簡単に語ることができること」ではなく、「語ることのできないこと」を散文と詩はそれぞれどのように表現しようとしたのかに着目した。そして、双方ともにその伝達の効果を媒体には依存しないものだと帰結した。つまり、ここにきて冒頭に挙げた寺山の主張は誤りではないかと考える。
 グーテンベルク活版印刷は、詩を殺しはしなかったし、むしろその広い伝播を促進した。散文と詩の違いは、語り得ぬものを語るときに弁証法的であるか、読者のポジショニングをコントロールするか、にあると書いたが、これらは共に散文、詩の両方に適応できることであり、飽くまで「そのような傾向がある」ということである。本質的には散文の次元、詩の次元などというものは存在していない。詩はその語り方自体に力を有し、複写は詩を薄めたりはしない。時間性を持った感動というのは時間性の外に存在しているのだ。最後に稲垣足穂の言葉を引いて結論としたい。

「詩は時間軸に対して垂直に立つ」

 優れた詩というものは、私達をあらゆるポジションに立たせることに成功する。

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