春の朝の君の寝相。

 ムツゴロウこと畑正憲さんは、テレビで見ている限りではただのへんてこな動物おじさんだけど、でも、彼の本を読むとその姿は全くと言っていいくらい異なっている。東大在学中に学生結婚をして、収入はマージャンの稼ぎだけだったり、熊と家族で無人島に住むために小学生の娘を一年間休学させたり(普通、小学校休学ってしないですよね)、インドで象使いに弟子入りしたり、もう目茶苦茶に自分のやりたいことを一生懸命やるという人物像がそこから伺える。持久力が異常にあって、正月には自宅でマージャン大会を開くのですが、ムツゴロウさんは三日三晩、トイレに行く以外は席を外さない。他の人はもちろん入れ替わるのですが、ムツゴロウさんはずっと不眠不休でマージャンを続ける。信じられないことに。

 そして、彼はあるとき野生動物の観察のためには毎日眠っていては駄目で、一日おきに眠るという生活パターンを編み出すのですが、実は僕も高校生のときに同じことを試してすぐに挫折しました。
 高校生のとき、僕は矢鱈と時間が欲しくて、睡眠をいかに減らすかということをよく考えていた。睡眠に関する本もいくらか読んで、なるべく短い眠りで元気に生活できないものかと目論んでいた。もっとも、今となっては考えはほとんど反対で、「なるべく眠りたいだけ眠れる生活を選ぶ」ようにしています。眠っている間、僕たちは別に時間を失っているわけではない。

 睡眠に関してはすでに多くの研究が成されていて、それらの研究の根底には「どうして睡眠が必要なのか? 睡眠時、われわれの体は何をしているのか?」という、いわば睡眠のメカニズムと効用に対する好奇心がある。僕も睡眠関係の本は当然そういったスタイルで読んでいた。「なぜ、何の為に動物は眠るのか」

 だけど、あるとき生物学の本に奇妙な一文が出てきて、僕は吃驚してしまった。

「世界の学者達は、動物はどうして眠るのか、何のために眠るのか、と問うが、果たしてその問いは本当に正しいのか。もしも、生物の目的が自己保存と子孫の繁栄であるという説が正しければ、動物は生殖行動と食物の獲得以外の時間をすべて眠って過ごすのが、無駄なエネルギーを消費しないもっとも自然な姿ではないのか。
 つまり、問わねばならないのは”なぜ眠るのか”ではなくて”なぜ起きているか”ということだ」

 これはとても鋭い物の見方だ。
 僕たちは物事を考えているときは当然目を覚ましているので、どうしても起きている状態を中心にして物事を考えてしまう。だけど、本当は人生の中心は睡眠だという可能性だって否定はできないのだ。




ムツゴロウの青春記

文芸春秋

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