フレンチフライと赤いスプラッシュオレンジ。

 1980年12月8日。一人の偉大な芸術家が銃弾に倒れた。彼の名はジョン・レノン。つまり、昨日はジョン・レノンの命日だった。日本時間なら今日になる。どれだけの数の人間が、世界中で「今日はジョン・レノンの命日だ」と日記に書いただろう。たぶん、それは相当な数に違いない。でも、残念ながらまだ世界は一つにはなっていない。

 昨日トルコから来たOと話していると、「部屋が寒い」という話題になった。僕もそれには同感だし、実際にとても寒い部屋に住んでいる。それから彼は、日本人はエアコンをたくさん使うけれど、電気を使いすぎなのではないか? 日本って電気安いの? というようなことを聞いてきたので、電気代は気にしながらでも使っているのだ、と僕は答えた。
 セントラルヒーティングのほとんどない日本の暖房設備を僕は貧しいと思うし、セントラルヒーティングの国を贅沢だと思いもする。電気ばかり矢鱈と使うくせに、そのくせ寒い暖房事情をなんだか変だと思う。Oも同じように感じているようだった。

 日本の家は寒い。と言うと、「それは日本の風土が良いからだ。日本は住みやすくて、しかも自然の変化を感じ取ることを大事にする国だから」という人がいるけれど、僕は単に手を抜いているようにしか思えない。改良の余地が十分に残されているくらいに寒い。こういうのを住みやすいとはあまり言わない。

 Aちゃんに「はじめてあった時、この人活字みたいなしゃべりするな、と思った」と言われた。
 僕たちはフライドポテトの話をしていた。僕が子供のころから探し求めている幻のフライドポテト(中まで衣みたいになっている)のことを言うと、彼女は同意してくれて、それからそのポテトを売る店を知っていた。このフライドポテトの話に同意してくれた人は初めてだった。しかも売っているところを知っているなんて。
 それで、この日僕たちはフライドポテトを食べたのですが、メニューにはないのに「できないことはない」と言ってお店の人が出してくれたフライドポテトは最高においしかった。いつも、一番好きな食べ物は? と聞かれても返答に困っていたのですが、これからはフライドポテトだということにした。

 活字のような話し方、というのが一体どういうことなのか僕にはよく分からないけれど、僕はこのときはたと思い付いた。僕は話し方が完全な関西弁ではない。結構な割合で標準語が入っている。それは一つには言語習得期に関西圏で育たなかったということが原因にあり、他にも関西弁ではない人々がたくさん周囲にいることと、あと僕自身が関西弁をあまり好きではない、という事情がある。

 僕は自分で自分の話し方について、その様な分析をしていた。だけど、もう一つ、実は大きなファクターがあったのかもしれない。それは僕が活字中毒に近い、ということだ。僕は電車に乗ったり、ご飯を食べたり、何かするときに読むものがないと落ち着かない、と言った性質だし、本ばかり読んでいれば「話し方が活字みたい」になっても何の不思議もない。そして、本というものは大抵が標準語で書かれている。ならば僕の話し方が標準語よりになったって何も不思議はない。


Imagine
John Lennon
Parlophone

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