レコード。

 メキシコ料理を食べた後、僕たちは「寒いね、キャッチボールでもしよう」なんて、99円ショップに行ってボールを求めたのだけど、あいにくボールは売っていなくて、Aちゃんの提案で代わりにミカンを買った(最初はグレープフルーツだった)。丁度いい大きさだし、丸いし、弾まないけれどボールだと思えばいい。しかも5個も入っているし、遊び終わったら食べられる。

 ところが鴨川はもう暗くて、キャッチボールは困難を極めた。ミカンを2つ、落として皮が破けたところでキャッチボールを断念して、僕たちは1つずつミカンを食べてから green e books に寄って洋書を眺めて、パンの作り方の本を眺めているときに僕が「主食がほとんど小麦でお米あまり食べないんだ」というと、Aちゃんが「小麦病という西洋人のかかる恐ろしい病気にかかるよ」というので、恐ろしくなってお米を食べることに決めた。

 本屋の出口にヴィム・ベンダースの言葉が書かれていた。

「持論を持てば持つほど、物が見えなくなる ―― ヴィム・ベンダース」

 こういうものは書いてしまった人間の、言ってしまった人間の勝ちだ。

 僕は言ってみた。

「ミカンは、落とすと皮が破れる ―― 横岩良太」

 川端通りを今日も沢山の自動車が走り抜ける。

「車を走らせるにはアクセルを踏まなくてはならない ―― 横岩良太」

 ただ車が走っているから言ってみただけだけど、でも、人によっては意味を誤解するんじゃないだろうか。そうか、始めなきゃ始まらないってことか、うん、今日から頑張ろう、とかなんとか。

 僕たちは自転車に乗った。

「自転車は、走り続けることによって倒れない ―― 横岩良太」

 これも事実の描写にすぎないけれど、でも、ますます意味がありそうだ。
 人によっては、努力し続けることが大切だとか、諦めないことが肝心だ、とか、そのようなメッセージを、僕が全然発信していないメッセージを受け取るんじゃないだろうか。

 人はこうして誤解を続けながら進化してきた。本当は僕たちのコミュニケーションというものは「正しく相手のいうことを理解する」ことにではなく、「相手の言うことをいかに自分なりに誤解するか」ということにかかっている。
 ちょうど伝言ゲームみたいなものだ。最初の人が言った言葉を、そのまま寸分違わず伝えるなんてなんにも面白くない。途中の人間がユニークな方法で間違えることに伝言ゲームの面白味はある。それから、この「ユニークな方法で間違える」ことこそが「創造」ということに違いない。創造というのは0から1を生み出すことじゃない。僕たち人間は0から1を生み出すことはできない。全て、先人の伝えるものの上に成立している。

「創造とは記憶である ―― 黒沢明

 街はなんだか警官だらけだった。小泉さんとブッシュが来るからだろうか。僕は警官を怖いと思う。そういえば、日本にまだ公安警察が存在していることをどれくらいの日本人が知っているんだろう。公安警察って、つまり思想警察のことです。僕たちの思想が政府によってコントロールされていることを僕たちは知っていおいた方がいい。言論は自由になってはいない。過去の歴史を振り返り、僕たちは「昔って庶民は抑圧されて不自由で大変そうだったんだな」と思うけれど、本当は今だって同じ事なのだ。100年後、歴史を習う子供達は僕たちを同じ目で見るだろう。不自由な昔の人。権力者と庶民。

 御所を散歩しながら、この広い空間を何かに使いたいと思う。秋の終りの寒い夜に、御所にはほとんど人はいなくて、そこにはただ広々とした暗闇の空間が広がっているだけで、せめて年に一度はこの場所をキラキラさせても良いのではないかと思った。できないことではない。

「できることはしなければならないこと
 できることをするだけさ
 だからうまくいくんだよ ―― ボブ・ディラン

 河原町を上がってシュハリに寄ると、オーダーストップが近かったのでサラサ鴨川へ行った。広くてゆったりとしたお店を僕は好きだと思う。

「国なんかないと思ってごらん
 むずかしいことじゃない
 殺し合いのもともなくなり
 宗教もなくなり
 みんなが平和な人生を送っていると思ってごらん ―― ジョン・レノン

 僕は1979年に生れ、そして今は2005年の秋で、世界では戦争と暴動が起こっていて、大人も子供も男も女も死んで、家族も恋人も友達も殺されて泣く人がいて、僕はそのことを知っていて、でもソファに座って大きなカップでキャラメルミルクを飲んでいた。自分の周辺に存在する問題だけで手一杯だった。友達ととても楽しい時間を過ごしていた。

「昔の恋人がやって来て、もとに戻りたいのと泣き崩れた
 僕はごめんなさいとドアを閉めた
 昔の恋人のところへ行って 元に戻りたいと懇願した
 彼女はごめんなさいとドアを閉めた
 誰もが今日も扉の向こうを夢見て、平気なふりをしてドーナツを齧っている ―― ジェイク&サマーボーイズ」