レモンミント。

 下鴨神社の名月管弦祭に、本当に少しだけ立ち寄った。
 特別に興味があったわけでもないけれど、近所だし、ただだし、それに一昨日河井寛次郎記念館で偶然に教わったことだから、そういった偶然には乗っかったほうがいいような気持ちもあって、僕はもう終盤の8時を過ぎてから自転車で下鴨神社へ向かった。

 下鴨神社は普段とてもひっそりとしているのに、今日は流石にたくさんの人出だった。糺の森を抜けて歩いて行くと、奥の神社には篝火が焚かれていて、それはなかなか美しい光景だった。

 橋殿で舞や何かが奉納されていて、人だかりができていて、僕はその後ろからなんとか舞を眺める。橋殿の中が明るすぎて雰囲気が出ていない。舞もよく分からなかったので5分くらい眺めて見るのをやめてしまった。
 見上げると、橋殿の右上の空に満月が控えめに光っていた。

 そうして、特に見たいものもなかったのでぐるっと回って帰ろうとすると「おにいちゃん」と呼び止められた。僕を呼び止めたのは馴染みのリサイクルショップのおばさんで、最近はめっきりご無沙汰しているけれど、昔はとてもお世話になったし、僕は店にとてもよく顔を出していた。
 彼女はアルバイトの青年を2人引き連れていて、どちらも僕の知らない人だったので改めて時間の流れを感じた。

 すこし話をして、それから僕はもう一度糺の森を抜けて帰った。
 舞台の照明がもう少し配慮されたものだったらな、と思いながら、僕は昔マジックを教えてくれた友人のことを思い出していた。

 彼はそのマジックを僕たちに教えてくれたとき、「これは明るいところで、こんな近くで見せるものではない」と言った。
 マジックにも色々なものがあるし、最近では近くで見せるマジックが流行っているけれど、でも、ときどきマジックというものは微妙な明るさを必要とするのだ。
 明るすぎる舞台にはマジックが起こらない。

 夜の森は美しく、そしてやっぱり月は控えめだった。