未来のテレビ。

 昨日の夕方、ルイジ・コラーニさんが大学にやってきた。
 昨日から彼の展覧会が大学の美術館ではじまり、初日で彼は講演を行うことになっていた。

 講演は大学のセンターホールで行われたのですが、センターホールの座席にはそれぞれ飛行機のテーブルのようにパタンと引き出すテーブルが付いていて、僕が自分の席のテーブルを引き出すとそこには友人であるT君の似顔絵とフルネームが描いてあった。

 「有り得ないことが起こった」

 僕は隣に座っていたI君に言った。T君はI君の友達でもある。

 「えっ、ほんとだ。有り得ないね、これ。ちょっと気味悪いよ」

 センターホールの座席は500席以上ある。その中で僕がたまたま座って、必要もないのにたまたまテーブルを降ろすとそこには自分の友人の似顔絵と名前が描いてあった。
 こういうことが起こると、やっぱり意味があるんじゃないだろうかと考えてしまう。

 コラーニさんは思っていた通り滅茶苦茶だった。
 講演は2時間で、彼はなんと1時間も経たないうちに「話はこれでお終いです。これからは質問タイム」と言い出して、そのあとは全部質問タイムになった。

 コラーニさんは質問にあまりまともに答えないし、質問する人も「私はあなたを10年間追い求めてきました」だの「理想の時計のデザインを紙に描いて教えて下さい、それからその紙を下さい」だの、一体何の会なのかよく分からなくなってきた。
 さらにコラーニさんはドイツ語で、通訳の女の人がついていたのだけど、多分コラーニさんの言うことが波茶目茶な所為で、彼女も詰まることが多く、だんだんと慣れて来た頃にはやけくそになったのか、「意味分からないですけど」と堂々と翻訳を放棄したりもして、訳は分からないけれど500人の人間がとてもアットホームに講演会を過ごした。意味なんて分からなくても、それはそれでいいようにも思えた。このアットホームな雰囲気の演出には、コラーニさん自身はもちろん、この通訳の女性のキャラクターも大きく影響していたと思う。とても良い通訳さんでした。

 講演のあと、コラーニさんは学内の美術館に普通に向かい、もちろん回りはすごい取り巻きができた。サインとか写真とか。僕もせっかくだしと思ったけれど、恥かしいので何も頼まなかった。
 そうして、ちょっとだけ離れた中途半端な取り巻きをしていると、造形の山本先生がいらっしゃって、先生はもともとデザイナーとして活躍していらしたので、「先生はコラーニさんと面識あるんですか?」と聞くと、「昔バイクのデザインで一緒だったことがあるけど、片言の英語で話しただけだし、昨日もちょっと話したんだけど、彼は僕のこと覚えてないって」とおっしゃった。
 それから、僕はコラーニさんの、時として、これって科学じゃなくてオカルトじゃないのか、と思うような主張に全然納得がいかないのでそういうと、「彼はコンセプトデザイナーだからあれでいいんだよ」ということだった。「コンセプトデザイナーっていうのは平気で目茶苦茶なこと言ってくるから。たとえば絶対に倒れない自転車とか」

 この日、大学の美術館は今まで僕が見たことないくらいに大勢の人で賑わっていた。今までは人なんてほとんどいた試しがないのに、この日はたくさんの人がいて、大学も頑張ってるなと思った。
 とてもいいことだと思う。

 コラーニさんは結構長い間いらっしゃったので、僕はせっかくだし何か言っておこうと思ったけれど、言うべきことが何もなかった。いつも後で、こう言っておけば良かった、と思うのだけど、昨日に関しては今もあまり後悔していない。

 その後、コラーニさんは普通に歩いてどこかへ行ってしまった。

 僕はI君と電気屋へ行き、そして扇風機とアイロンとヘッドホンを買った。

 扇風機は「これ下さい」というと在庫切れだったので、頼んで展示品を売ってもらったのですが、それには箱がなく、大きな袋に入れてもらって持って帰った。これはなんとも便利なもので、帰ってすぐに袋から取り出せば使える。ダンボールを開けたり、スチロールを引っ張り出したり、それらのゴミを捨てる必要がない。包装というのはもっと簡単にすべきだなと心から思った。

 アイロンは、ずっとI君に借りていたのを壊してしまったので、この買ったアイロンをあげてせめてもの償いにしてもらった。ごめんなさい。

 ヘッドホンは欲しいヘッドホンのコードが長かったので、夜中に短くコードを付け替えた。線が変な線で、意外に短く加工するのに手間取った。

 夜中には雨が降ったけれど、そんなに長くは降らないで、比較的すぐに止んだ。
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