ビール、扇風機、鴨川、花火。

 アルバイトが終わって部屋に戻り、メトロに行く前に腹ごしらえをしようとトマトスープを作ってコッヘルを火から降ろした瞬間に携帯電話が鳴った。
 電話はCちゃんからで、今日何時に行く?とでも聞かれるのかと思ったら、意に反して「メトロ着いたよ」という電話だった。
 確かに、12時くらいにしよう、というような話はしたけれど、何も確定はしていなかったし、大体彼女が来るのかどうかもきちんとは決まっていなかったと思うのだけど、彼女は12時かっきりにメトロの前から電話を掛けてきた。

 「外で待ってるからマッハで来て」

 仕方がないので、僕はトマトスープに蓋をして、それから自転車で慌てて川端通りを下り、メトロに到着するとCちゃんは外の植え込みに座って待っていてくれた。
 結局、メトロには入らないでエトワでだらだらして帰った。
 昨日、今日とメトロに行こうと思って行かない日が続いているけれど、そういうこともあるのだなとやけに客観的に思った。

「イベント行かなくて良かったの?」

「いいよ、別に毎月やってるわけだし」 

「でも、今日じゃないと起こらないスペシャルないいこと行けば起こったかもよ」

「それはそうだけど、代わりにスペシャルな悪いことが起こったかもしれない。ケンカになって逆上したやつに刺されて死んでしまうとか」

「だとしたら私って命の恩人ね」

「そうとも言える」

 この世界ではなんだって起こり得る。でも起こったことは一つなのだ。僕は殺されなかったし、特別な「いい」ことにも巡り会わなかった。単に「この一年間でとても太ったような気がする」とこぼしているCちゃんを載せて、夏の夜中に自転車を漕いでいるだけだった。