コーヒーミルク。

 田口ランディさんのブログに、「ケチ」ということが書かれていた。

 ヨルダンに貧しいイラク人の為の医療基金ができ、そこにやってきたあるイラク人が、これから受ける治療のみに限らず、今まで払ってきた治療費まで基金から出してもらえるように請求するのを見て、ランディさんは「えっ」っと不快に思う。

 それからイラクで捕虜になった女の人の兄弟が役人に腹を立てるのを見たときも、彼女は「不快」になったという。

 僕だってそういうとき不快になる。

 昔、僕は電車に乗って予備校に通っていた。
 そして時々、ちょっと変わった車椅子に乗っている男の人を見掛けた。何が変わっているのかというと、彼の車椅子には結構大きな旗が付いていて、その旗には「全国の路線バスに車椅子用リフトを!」と書かれていたのだ。

 過剰な要求に僕は腹を立てる。
 これは、蕎麦アレルギーの人間が「蕎麦屋を日本からなくしましょう」と大声で街頭演説するのと同じことだと思う。

 昔、「フォレストガンプ」という映画がアカデミー賞をとった。
 主演はトム・ハンクスで、僕も一度だけ見たことがある。とても面白い映画だった。
 この映画に対する評論で「聖なる白痴」という言葉が使われているものがあった。内容は少し批判的で、白痴なら聖とする、ようなスタンスの映画で、障害者に対する神聖化が気持ち悪い、というものだった。
 この評論は的を少し外していると思う。聖としたのはフォレスト・ガンプ只一人に関してで、それを一般に拡張しようという意図は、(この映画を作るという時点で)皆無とは思わないけれどそんなに強く主張されていない。
 だけど、この評論家がどうしてこういったことを書いたのか、それもなんとなく分かるような気がする。

 僕の通っていた小学校には交換給食という制度があった。
 この交換給食というのは2つのクラスの間でメンバーを半分づつ入れ替えて給食を食べる、というもので、他のクラスと親睦を図る為のイベントだった。
 (今となっては考えられないことだけど)神経質で給食の嫌いな僕には、これは地獄のようなイベントだった。だたでさえ給食が汚く思えて苦痛だったのに、それをほとんど知らない人達と話しながら食べなくてはならないのだ。

 その時、運の悪いことに僕は交換給食の「遠征メンバー」に選ばれてしまった。給食袋一つを持って、よそのクラスに行って、知らない人の机に座って嫌いな給食を食べなくてはならなかった。でも、別に嫌だからできない、というほどわがままではなかったので、それなりにそつなく交換給食をこなして、ほっと息をついて僕は自分の教室に戻った。

 そして、僕はほとんど泣きそうになった。

 自分のクラスの、僕の机は食べこぼしとヨダレでベトベトだったのだ。
 いじめでも悪戯でもない。僕の席に座ったのが、たまたま障害のある女の子で、その子はいつもヨダレを垂らしていて、食事中は必然的に分泌量も増えるし、食べこぼしもあるし、つまり何の悪意もなく僕の机は汚れたということだった。

 僕は黙って自分の机を掃除した。
 平静を装って、誰にも手伝いを要求しなかった。
 でも、言っておくと本当に苦痛だった。しばらく、僕は自分の机なのになるべくそれに触れないようにしながら学校生活を送った。頬杖だってつけやしなかった。

 あのとき、担任の先生が何を考えていたのか分からない。
 でも、障害があっても他のみんなと同じにしようとする過剰な姿勢があったんじゃないだろうかと思う。健常者であろうが障害者であろうが、ヨダレというのは唾液で不快なものだし、障害者だからってきれいなヨダレが出るわけじゃない。ヨダレがでるならヨダレに対する対策は必要だったと思う。
 その子の人権をどれだけ優先したかったのかしらないけれど、あれは僕にとってはとてもきついことだった。
 でも、先生には「えっ」と言えなかった。

 人事なのに、放っておけばいいのに、でも人が何かを過剰に要求したり、過剰に保護されたりしているのを見ると「えっ」と思う。不快に思い、時に腹を立てる。この根源をランディさんは考える。そして、「臆面もなくラインを踏み越えていく人」に不快感を感じているというところまで原因をカテゴライズして話を進めていく。このラインというのは各自が勝手に築いた”越えられないライン”のことだとランディさんはしているけれど、僕は単にこれは礼儀のことで”各自が勝手に築いた”ものではないような気がする。
 礼儀知らずな人に「えっ」と思い不快感を感じているのだと思う。
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