シナモン。

 ドーナツを買った。

 ドーナツとコーヒーというのが、僕の憧れる食べ物の組み合わせNo,1だけど、残念なことに僕はコーヒーを飲むことができないので断念せざるを得ない。人生とはうまくいかないものだ。

 それに、さらに言うならば僕はごく最近までドーナツという食べ物があまり好きではなかった。ミスタードーナツというお店がどうしてあんなに繁盛しているのか全く理解することができなかったし、自分から進んで足を踏み入れたことは本当にただの一度もなかった。デートの相手である女の子がドーナツをどうしても食べたいと言うか、あるいは、ここで少し休もう、と一緒に歩いている友達や彼女が言うか、そういう場合になんとなく入って、所在無しにいつもドーナツを齧っていた。
 そしていつもどうしてこんなオマケみたいな食べ物をメインにしてこの店は営業しているのだろうかといぶかしんでいた。

 でも最近、僕はやけにドーナツが好きで、コンビニやなんかで目に付くとどうにもドーナツを買わざるを得ません。
 そしてついに今日、僕は生まれて初めて一人でミスタードーナツに入ってドーナツを買ったわけです。

 本当はそのときそんなにドーナツが欲しいというわけではなく、僕はどちらかというとドーナツみたいな変な動物の絵がたくさんついているドーナツの箱が欲しくて(今日はとてもたくさんドーナツという単語を使っている)、それで少しだと紙の袋か何かに入れられる可能性が高いと思いドーナツを5個買った。

 でも、残念なことに箱の絵は35周年の模様に変わっていた。
 ひどく残念なことに。

 店員の女の子が渡してくれた、気に食わない箱を平然と受け取って、僕は店を出て、それから買ったばかりの自転車(ドーナツ屋に来る寸前に買った)のカゴにそれを入れてみた。
 いかにもそれはきれいに収まったので、すこし機嫌が良くなった。
 中にはきちんとドーナツが5個入っていて、それは確かなことなのだ。

 そうして買いたての自転車のカゴに買いたてのドーナツを入れて高野川を渡る橋を通り、必要以上にゆっくりな速度で学校を目指し、到着すると厳かに自転車の鍵をかけて研究室へ向かった。
 冷蔵庫には紅茶が冷えていて、それからテーブルの上には読みかけの統計力学の本とリラックスがあって、窓からは心地よい夕方の風が吹き込んでいた。

 箱の絵はしゃくに障るけれど、結局のところそう悪い午後ではないのだ。
 そうして、僕のドーナツ初体験は勝利でも敗北でもなく、結果をこの先の人生に持ち越してひとまずは幕を下ろした。この先、ドーナツとは長い付き合いになるに違いない。

 でも、誰かあのドーナツの箱を持っていたら売ってください。