サンデー・モーニング、再び。

 アラームを8時にセットしたままの携帯電話が、最初から入っていた僕の知らない音楽を鳴らして、僕は目を覚ました。部屋の中にはキラキラと陽光が降り注いでいた。まだ早い、期待に満ちたご機嫌な太陽からはシナモンパウダーの匂いすらしていた。窓を開け放つまでもない。ブルースカイでライトニングでエバーグリーンな公園で今日はチェリーコークとインディアンアイスが飛ぶように売れるに違いない。

 約束は心斎橋に夕方集合だけど、こんな朝にこれ以上、一体どこの誰が眠り続けるというのだろう。昨日の昼から夕方にかけて、異文化地域であることが全く判明した高雄を歩き回った疲れも、今となっては記憶に残るばかりで、体はとてもすっきりとしていた。かつて白いロングスカートの女とミスター・イングリッシュ・ティーが絶賛したように、僕は見掛けよりもずっと大きな持久力を持っている。ベッドを飛び出す。矢のように。

 日曜日の朝。
 今日は正真正銘の日曜日の朝で誰にもいい訳が必要ない。朝から浮かれ気分でマフィンを焼くし、スクランブルエッグにはバターを載せる。なんといっても、日曜日でしかも春の朝なのだ。正真正銘の。

 鳥獣戯画が売り物の一つである高山寺には、本当は鳥獣戯画なんてなくて、そのコピーしかない。しかも縮小版がほとんどで、つまり鳥獣戯画に関して、高山寺が持つアドバンテージなんて本当は何もなかった。
 昨日、僕はようやく高山寺に行ったわけだけど、そこはどちらかというと荒れ果てた、そしてなんだか閉鎖的な宗教独特の香りがする寺だった。入れる場所は本当に限られていた。山が不健康に見えた。日本最古の明恵上人が作ったという茶畑も荒れていた。一緒に行った友達は静岡県出身で、日本最古の茶畑に大きな期待を寄せていただけになかなかがっかりとしていた。僕は思うのだけど、どうしてミーツやなんかの京都特集でこの寺が取り上げられるのか全く理解できない。僕なら取材に訪れて、その後記事の候補から外す、そこにどれだけの歴史があろうと気分のいいお寺ではない。それからユネスコ世界遺産からも外す。こんなのを世界遺産にして、たとえば海外から旅行に来て頂いたりしたら、がっかりもいいところだろうし、申し訳なくてたまらない。

 ちょっと前にスペインから2年の予定で京都に来ている物理学者と話すと、彼は「早く帰りたいです、京都は汚い、スペインの人はみんなもっと京都は奇麗なところだと思っていますよ。ほんとうにはやくスペインに帰りたい。すみません」と言っていた。

 「恐かったね」

 「うん、なんか気味が悪かった」

 といいながら僕らは徒歩で神護寺を目指して途中で別のお寺に寄ったり、川原に降りたりしながら歩いた。

 神護寺は手入れの行き届いた心地良いお寺だった。長い階段の上にあるお堂の奥から外を見ると、お堂の中の薄暗がりに浮かぶ朱の柱や天井、黒光りする床とそこに椅子をおいてじっと座っている老人、そしてそれらに構成された枠でソリッドに切り取られた窓から見える山の景色は信じられないくらい完璧だった。時間は流れる事なく動いていた。
 お堂の中は撮影禁止だったけれど、その作務衣を着た老人に「外に向かって撮るのも駄目ですか?」と尋ねると、「いいですよ」という事だったので、何枚かシャッターを切った。ただ、僕のカメラは今電池がなくて露光計が動かないので絞りもシャッター速度も勘に頼るしかなく、上手く撮れているかどうかは現像に出すまで分からない。でも、うまくとれていたら嬉しくなるくらいに素敵な写真になっていると思う。

 それからカワラケ投げをする場所があったので、投げた。厄も一緒になげられるという事なので、僕は厄除けまで済んでしまった。小さな頃に一度だけカワラケ投げをしたことがあって、そのとき僕が一体どれくらい遠くに投げる事ができたのか全然覚えていないけれど、きっとそのときよりもずっとずっと遠くに投げられるようになったと思う。面白くなって一度だけカワラケを買い足した。

 この日、僕らは高雄という地域に関して文化人類学的な一つの発見を得た。それはサービス業に関することであり、この日訪れた2軒の食事処から得た経験によるものである。

 お腹を空かせていた僕に合わせてもらって、高雄に着いてすぐに僕らは蕎麦屋に入った。水とお手ふきを持って来てくれるところまでは普通だった。「決まったら呼んで下さいね」と給仕係の女の人はそう言って、僕らの席から離れたレジのところへ行って何やら作業をしていた。。少しく僕らは何を食べるか思い巡らせ、そして決心して「すみません」と彼女を呼んだのだけど、彼女は「はい」とこっちを向きはするものの一向にこちらへやってくる気配がない。一瞬間、僕は彼女と見詰め合ってしまった。もう一度呼んでみようかと思ったけれど、でも彼女に僕たちの呼び声は聞こえていて、彼女だってはっきりとこちらを向いているのだ。
 そして、彼女はきょとんとした。
 そして、僕は理解した。そうか、ここから大声で注文を告げるシステムなのだ。
 僕は大き目の声で遠くの彼女に告げた。

 「山菜蕎麦と御飯と…」

 「はい、ちょっとお時間頂きますけれど、よろしいですか?」

 「はい、大丈夫です」

 「かしこまりました、すみませんねぇ、少々お待ち下さい」

 こうして僕らは無事に川を見下ろす窓辺で昼食をとることができた。

 2軒目は神護寺の山門横にある喫茶店に入ったときのことだ。

 「すみません」

 「はい」

 やっぱり、おばさんはこっちを向くけれど、こっちには来てくれない。また一瞬間、僕はおばさんと見詰め合ってしまって変な間ができた。でも、今度はさっきの蕎麦屋での経験があったので素早く体勢を整えることができた。ここから大きな声で注文すればいいのだ。同じことなのだ。

 「ぜんざいとコーヒー、下さい」

 「はーい、ちょっと待ってね」

 こうして、僕らは3時のおやつにありつくことができた。

 そして、僕たちは高雄という地域では注文は遠くにいるままでとるもので、けしてボールペンとメモを持って席のところまでとりに来てはくれないのだ、そういう文化圏なのだということを学んだ。
 後になって思えば、きょとんとして見詰め合っているとき、僕は「どうしてこっちへ来てくれないんだろう」と考え、向こうは「どうして注文を言わないんだろう」と思っていたのだと思う。異文化交流というのは常にズレを孕む。
 
 そうして僕らは大笑いしました。
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