レール。

 地下鉄の階段を降りていると、一輪の白い花が落ちていた。季節は春で、それは誰かが誰かを祝福することの多いシーズンで、これもきっと誰かが誰かを祝福したものなのだろうな、と思った。その人はおっちょこちょいなことに大きな花束から花を一輪、この白くてふんわりとした花を落としたのだろう。祝福されたその帰り道に。
 花は階段に落ちていたけれど、きれいなままだった。誰だって、落ちている花を好んで踏んづけようとは思わない。

 僕は昔、花を贈る事に一体何の意味があるのか良く分からなかった。切り花はすぐに枯れてしまうし、茎を切り取られた花が痛々しく見えた。どうせなら鉢に入ったものを贈れば良いのに、と思っていた。
 でも、いくらか年を取って、花を贈る事の偉大さが分かるようになった。僕らは花を摘み取り祝福するのだ。花は枯れるけれど、でも祝福する瞬間に僕たちはたくさんの素敵なものを込めている。

 論文締め切りの時期を振り返って、

 「しかし、あんな目茶苦茶な生活でよく風邪ひかなかったね。碌に寝ないで、碌なもの食べないで」

 「いや、なんかやばいなって時もあったんだけど、一瞬で治った。緊張感のせいじゃない? ストレスがあると免疫落ちるっていうけど、実は逆で、本当はストレスがあったほうが抵抗力高まったりして。ストレス健康法」

 というような会話を友達としていると、どうやら僕らはきちんとした食事をしているときの方が風邪をひきやすいのではないか、という結論に達した。その友達は普段ひどい食生活をしているのだけど、特に風邪をひくということもなく、「実家に帰ってしばらくすると大抵風邪をひく」とのことで、それは実家に帰るときちんとした食事をするせいではないかと考える事ができるし、僕自身も経験的に食べ物に気を付けている方が風邪が治り難いと思う。風邪だからといってビタミンCの入ったものを食べたり、栄養をつけなくては、と色々食べている時にはたいてい風邪が長引く、いい加減にしているほうがさっさと治る。

 それからしばらくして実家に帰ると、父親が半断食健康法を説いた本をくれた、なんか怪しいので「要らない」と言っていたんだけど、「ぱらっとでもいいから読んで見なさい」というので貰って読んだのですが、結構面白くて、説得力もあるし、思わず断食してしまいそうです。その本の主旨は一貫して「現代日本人は食べ過ぎだ」といういもので、医学が発達して、医者も増えて、でも病人が増えているのは食べ過ぎのせいだ、小食にすれば大抵治る、ということを沢山のデータとともに示している。

 これは僕らの、ちゃんと食べてる方が風邪をひく、という経験にも良く当てはまる。

 基本的に食べる事、栄養を摂る事はいいことだとされているけれど、現代人は入れるばかりで出す事を考えない。たくさん栄養を摂る方が良い、というのも一つの狭い範囲で設定されたイデオロギーに過ぎない。

 僕らは意外と、そんなに頑張って食べなくても生きていけます。一日三食食べてきて、食べ過ぎ中毒になっているので、最初は食べる量を減らすと禁断症状でお腹が空くけれど、ふらふらしたりと低血糖症の症状でもでない限りは大丈夫みたいです。