ピーナッツバター。

 もう去年のことになりますが、僕は随分な強行日程で旅行をしました。
 夜に京都を出発して、夜中はひたすら車を運転し、朝から金沢で遊び回り、夜になるとまた車に乗って夜中の間ずっと運転して帰ってくるというものです。まともな睡眠がどこにも存在していなくて、さっき僕は”現地で遊び回り”と書いたのですが、現状は眠い目を無理矢理に見開いて、それでもときどき力尽きて仮眠をとらないと遊ぶどころではありませんでした。なんといっても僕は風邪をひいていて熱すらあったのです。更に悪いことに天気は大雨でした。大粒の雨が自動車の屋根とガラスを打ち、ただでさえがんがんとする頭に響きます。それにだいたい視界が良くありません。

 京都に戻り、朝方の4時に車を駐車場にとめた時は本当にほっとしました。それから部屋まですこし歩く訳ですが、そのとき僕は生れて初めて体験する”頭のガンガン具合”にすこし吃驚しました。踏みしめる一歩一歩がダイレクトに頭に響いて来て、歩くという行為はこんなにも脳に衝撃与えていたのかと再認識したわけです。

 僕はこのやけに敏感になった体を利用して歩き方の研究をしてみる事にしました。どういった歩き方が一番頭に優しいのか、という研究です。頭に響く歩き方が悪くて、頭に響かない歩き方の方が体には良い、という根拠を僕は持ち得ませんが、やっぱり普通に考えて衝撃というものは少ない方が良いように思うのです。

 最初に西洋式の踵で着地する歩き方を試してみたところ、まあ試す間でもなく僕はそれまでその歩き方で歩いていた訳ですが、やっぱり随分頭に響きました。それから武道でよく使う摺足や、膝で異常にクッションをとる歩き方や、あとつま先立ちで歩くのも試してみました。あまり長く実験していると異常者だと思われかねないし、だいたい僕はとても疲れていたので全て素早く試した訳ですが、やっぱりどうしても普通の踵で着地する歩き方に比して爪先歩きやなんかは頭に来る衝撃が少ない訳です。

 ここで人間以外の動物が結構な割合で爪先歩きを実行している事に思い当たります。たとえば馬や犬なんかは一見膝に見えるところが人間の踵に当たる関節になっています。だから、四つ足の動物と人間では膝の関節が一見すると前後逆になっているように見える。足を曲げると人間は膝が前に出るけれど、犬なんかは後ろに出るように見える。これは、そこが膝ではなくて踵だからです。

 西洋式に普通に歩くとき、僕らは踵で着地していて、踵自身のクッションはなくしてしまっているので四つ足動物よりも一つ少ないクッションで歩いている事になります。
 だからどうだというわけではないですが、爪先歩きのほうが肩凝りやなんかは減るのかもしれないな、と思う。

 それともう一つ、人体というものを「とても良くできていて神秘的ですらある」と崇めるのは間違いなんだろうなと、このことから思いました。正しい歩き方、というものがときどきテレビでもやっていますが、本当の意味で人間に最適な歩き方なんてないんじゃないかと思う。そもそも体の構造に無理があるんじゃないだろうか。